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伊藤レポート2.0とは|無形資産・ESG投資の2017年報告書、価値協創ガイダンス6項目の使い方と人材版2.0との違い

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伊藤レポート2.0は、経済産業省が2017年10月26日に公表した「持続的成長に向けた長期投資(ESG・無形資産投資)研究会 報告書」の通称です。2014年の伊藤レポート(ROE8%の提言)の続編で、テーマを「人材・技術・ブランドといった無形資産への投資」とESGに広げました。

問題にしたのは、競争力の源泉が工場などの有形資産から無形資産に移ったのに、無形資産への投資(研究開発・広告・人材育成など)の多くは会計上その年の費用になって利益を押し下げるため、削られやすいことです。そこで企業と投資家の「共通言語」として、価値協創ガイダンス(2017年5月)で、価値観・ビジネスモデル・持続可能性と成長性・戦略・成果と重要な成果指標(KPI)・ガバナンスの6項目を示しました。

報告書が引いた「TOPIX500の38%がPBR1倍割れ」(2017年3月)は、同じTOPIX500の構成銘柄で数え直すと、2026年9月30日時点で19%(18.6%)です。なお、2022年5月の「人材版伊藤レポート2.0」は人的資本を扱う別の報告書です(人材版は人材版伊藤レポートの記事で解説しています)。この記事では報告書の中身を原本のページで確かめ、統合報告書や中期経営計画を読むときの使い方までまとめます。

この記事の内容(目次)

  1. 伊藤レポート2.0とは——2017年の「ESG・無形資産投資」研究会の報告書
    1. 「人材版伊藤レポート2.0」とは別の報告書
  2. 報告書が問題にしたこと——無形資産への投資が「費用」として削られる
    1. 日本企業は無形資産への投資が少ない
    2. なぜ削られるのか——会計上は「その年の費用」
    3. どんな支出が、どう削られるのか——典型例と実際に起きたこと
    4. 市場の評価——TOPIX500の38%がPBR1倍割れ
    5. ESGは「リスク」として自社の言葉で説明する
  3. 価値協創ガイダンスの6項目——企業と投資家の「共通言語」
  4. 8つの提言と、その後に変わったこと
    1. その後の主な動き
    2. 統合報告書を出す企業は330社から1,225社に
  5. 2017年の数字は今どうなったか——TOPIX500のPBR1倍割れは38%→19%
  6. 投資家の使い方——統合報告書と中期経営計画を6つの問いで読む
    1. ビジネスモデル——強みが利益率に表れているか
    2. 戦略——無形資産への投資を「回収の時期」まで説明しているか
    3. 成果——株主は報われてきたか
    4. 資本コスト——目標のROEは資本コストを上回っているか
    5. ガバナンス——戦略に合った取締役と報酬か
  7. よくある疑問——強制力は?ESG投資を勧めている?
    1. 伊藤レポート2.0に強制力はある?
    2. ESG投資をすれば儲かると書いてある?
    3. 価値協創ガイダンスと「価値協創ガイダンス2.0」の違いは?
  8. まとめ

伊藤レポート2.0とは——2017年の「ESG・無形資産投資」研究会の報告書

伊藤レポート2.0は通称で、正式名称は「持続的成長に向けた長期投資(ESG・無形資産投資)研究会 報告書」です(経済産業省「伊藤レポート2.0」)。

  • 公表:2017年10月26日(経済産業省)

  • 研究会:2016年8月に設立し、本会合は全10回。政府の成長戦略「日本再興戦略2016」を受けて、コーポレートガバナンス改革の一環として設けられた(同 p.4〜5)

  • 座長:伊藤邦雄氏(一橋大学)。2014年の伊藤レポートと同じ

  • 分量:PDFで60ページ。第1〜6章の分析と、第7章の8つの提言

  • 位置づけ:2014年の伊藤レポート以降の改革を実務に定着させる道筋を示すものとして、報告書自身が「『伊藤レポート2.0』として位置付けられるべきもの」と書いている(同 p.7)

検討課題は2つでした(同 p.4)。

  • 企業の戦略投資:企業は戦略的な投資をどう判断し、それをどう評価すべきか。投資をしやすくする方策は何か

  • 投資家の長期投資:投資家が長期の視点で企業を評価し、対話の質を高めるには何が必要か

2014年の伊藤レポートが「ROE8%」で資本効率を問うたのに対し、2.0は稼ぐ力を生む投資そのものに焦点を移しました。ガバナンス強化や投資家との対話がそれ自体目的化せず、イノベーションと「稼ぐ力」の強化につながることが重要だ、という問題意識です(同 p.6)。2014年の伊藤レポートと、その後の人材版・3.0までの系譜は次の記事にまとめています。

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伊藤レポートは2014年8月に経済産業省が公表し、最低限8%を上回るROEを求めた報告書です。2.0・人材版・3.0の違い、CGコード・東証要請との関係、東証のROEが公表時7.6%→8.7%、PBRが1.2倍→1.8倍になった推移とPERの寄与まで。

「人材版伊藤レポート2.0」とは別の報告書

「伊藤レポート2.0」と「人材版伊藤レポート2.0」は名前が似ていますが、別の研究会がまとめた別の報告書です。

  • 公表

    • 伊藤レポート2.0:2017年10月

    • 人材版伊藤レポート2.0:2022年5月

  • テーマ

    • 伊藤レポート2.0:無形資産(人材・技術・ブランド)への投資とESG、企業と投資家の開示・対話

    • 人材版伊藤レポート2.0:人的資本経営の実践(3つの視点・5つの共通要素)

  • 主な成果物

    • 伊藤レポート2.0:価値協創ガイダンス(開示と対話の枠組み)

    • 人材版伊藤レポート2.0:人材戦略を実行に移すためのアイデアと実践事例集

  • 1つ前の版

    • 伊藤レポート2.0:伊藤レポート(2014年8月)

    • 人材版伊藤レポート2.0:人材版伊藤レポート(2020年9月)

2.0にも人的資本への投資を論じた節があり(同 p.48〜50)、経済産業省は人材版伊藤レポートを、価値協創ガイダンスの個別の項目に焦点を当てたガイドラインの一つに位置づけています(伊藤レポート3.0 p.25)。人材版の中身と、有価証券報告書の人的資本の開示は次の記事で扱っています。

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人材版伊藤レポートは2020年9月に経産省が公表し、経営戦略と人材戦略の連動を求めた報告書です。3P・5F、人材版2.0との違い、2026年3月期から有報に載った人材戦略と平均給与の増減率(上場2,034社の中央値+3.2%)を日立・ソニーの実例で解説。

報告書が問題にしたこと——無形資産への投資が「費用」として削られる

報告書の出発点は、企業価値を決める要因が有形資産から無形資産に移っているという認識です(伊藤レポート2.0 p.6、p.10)。ここでいう無形資産は、経営人材を含む人的資本、技術や知的財産などの知的資本、ブランドなどを、貸借対照表に載るかどうかにかかわらず幅広く指します。

日本企業は無形資産への投資が少ない

  • 投資の比率が欧米より低い:無形資産への投資÷有形資産への投資の比率は欧米より低く、米国・英国では1を超えて無形資産への投資の方が大きい(同 p.11)

  • 人材への投資は減っていた:人材育成・組織再編への投資は1998年の約6兆円をピークに減り、2012年にはピーク時の6割程度。OJT以外の人材投資のGDP比も諸外国より低い(同 p.11、p.17)

  • 研究開発は短期に偏る:研究開発の9割程度が、事業化まで3年以内の既存技術の改良に向かっているとの調査結果(同 p.18 図表14)

なぜ削られるのか——会計上は「その年の費用」

設備投資は資産に計上して何年もかけて減価償却しますが、無形資産への投資の多くは発生した年に費用として処理され、短期的に利益を押し下げます(同 p.17〜18)。環境・社会への取り組みの多くも同じです。

出典:経済産業省「伊藤レポート2.0」p.17〜18(図表13・脚注17)よりKabuGraph作成。数値は仮の例

企業に収益性の向上が求められる中で、これらの費用が将来への投資として評価されなければ、短期の利益を守るために中長期の企業価値につながる投資が抑えられるおそれがある、と報告書は指摘しました(同 p.18)。研究会では、四半期決算のためにアナリストが四半期ごとの収益予想に追われ、長期の分析ができない構造になっているとの指摘も出ています(同 p.40)。

どんな支出が、どう削られるのか——典型例と実際に起きたこと

削られやすいのは、会計上その年の費用になり、削っても売上がすぐには落ちない支出です。典型的なのは次の3つです。

  • 研究開発費:削った分だけ今期の利益が増える。失われるのは数年後の新製品や特許で、報告書は日本企業の研究開発がすでに短期の改良に偏っていると指摘していた(同 p.18)

  • 広告宣伝費・販売促進費:削ってもブランドはすぐには傷まず、売上も急には落ちにくい。ただし報告書は、ブランドも設備と同じく何もしなければ減価・減衰するとしている(同 p.52)。失われるのは将来の価格決定力

  • 人材育成・研修の費用:効果が数字で見えにくいため削りやすい。失われるのは数年後の現場の生産性や、次の管理職・経営人材の層

仮の例で数字を置くと、売上高1,000億円・営業利益50億円・研究開発費60億円の会社が研究開発費を30億円減らせば、営業利益は80億円(営業利益率5%→8%)になり、今期の利益は6割増えます。決算だけを見れば収益性が改善したように映りますが、その間に開発が止まった製品は数年後の売上に表れません。

こうした判断が実際に行われてきたことは、調査や統計にも表れています。

急な業績悪化の局面での見直しには、資金繰りを守るためのやむを得ない判断や、効果の薄い支出を止める合理的な判断も含まれます。報告書が問題にしたのは、将来の稼ぐ力につながる支出が、目先の利益目標のために削られることです。

市場の評価——TOPIX500の38%がPBR1倍割れ

報告書は、市場が企業をどう評価しているかをPBR(株価純資産倍率)で見ました。2017年3月27日時点で、TOPIX500の38%がPBR1倍割れで、米国のS&P500の5%、欧州のBE500の15%を大きく上回っていました(同 p.33 図表27)。TOPIX構成銘柄のPBRの中央値も0.98倍(2016年9月21日時点)と、1倍を下回っていました。

PBRの違いを生む要因として、貸借対照表に載らない無形資産の寄与も検討されています。財務諸表に載る有形・無形資産のうち有形資産の比率は、PBRの上位100社でも日本は91.8%と、米国の75.7%より高い結果でした(同 p.36 図表38)。ただし、欧米の高PBR企業の無形資産は「のれん」の割合が大きく、財務諸表に載らない無形資産との関係はつかみにくい、と報告書は注意を添えています。

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報告書はPBRを「ROE×PER」に分け、資本効率(ROE)と将来への期待(PER)の両面から日本企業を見ました(同 p.32)。デュポン分解では、2016年度のROEの中央値はTOPIX500が8.55%、S&P500が15.68%で、売上高利益率の低さに加え、レバレッジの差も効いているとしています(同 p.36 図表37)。

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ESGは「リスク」として自社の言葉で説明する

  • EとSとGは性質が違う:ガバナンス(G)は効果が出るまでが短く、環境(E)と社会(S)は長い。「ガバナンスを通じた環境・社会の取り組み(E, S through G)」ととらえた方がよいとの認識が示された(同 p.28)

  • ESGで超過リターンが出るという合意はない:ESGが長期のリスク要因であることには投資家の間で一定のコンセンサスがある一方、ESG投資で超過収益を上げられるという合意には至っていない(同 p.29)

  • 開示すべきは自社にとってのリスク:どのESG要素を自社の事業のリスクと認識し、その影響をどう見ているかを示すことが重要。既存の枠組みを当てはめるのではなく、自社のビジネスモデルや戦略に即して使うべきだとした(同 p.29〜30)

価値協創ガイダンスの6項目——企業と投資家の「共通言語」

報告書と一体の成果物が「価値協創のための統合的開示・対話ガイダンス」(価値協創ガイダンス)です。研究会の案をもとに、報告書より先の2017年5月29日に経済産業省が策定しました(経済産業省「価値協創ガイダンス」、伊藤レポート2.0 p.43)。

ガイダンスは、企業が価値を生み続ける筋道(価値創造ストーリー)を、次の6つの項目をつなげて示すよう求めています(ガイダンス p.5)。

  • 1. 価値観:企業理念と経営のビジョン、社会との接点(どの社会課題を事業の機会にするか)

  • 2. ビジネスモデル:市場での位置づけ(バリューチェーン、差別化の要素)、競争優位の源泉になる経営資源・無形資産、収益の牽引要素(ドライバー)

  • 3. 持続可能性・成長性:ESGに対する認識、主要なステークホルダーとの関係、技術の変化やカントリーリスクなど事業環境の変化リスク

  • 4. 戦略:人的資本・技術(研究開発、IT・ソフトウェア)・ブランドへの投資、ESGの戦略への組み込み、事業売却・撤退を含む経営資源・資本配分(キャピタル・アロケーション)

  • 5. 成果と重要な成果指標(KPI):財務の実績の分析、株主価値の創出状況、独自KPIとROE・ROICのつながり、資本コストに対する認識、達成度の評価

  • 6. ガバナンス:取締役会の持続性、経営陣と社外役員のスキル・多様性、戦略的意思決定の監督、利益分配の方針、役員報酬、取締役会の実効性評価

ガイダンスは企業経営者の手引きであると同時に、投資家の手引きでもあります。念頭に置く投資家として「持続的な企業価値向上に関心を持つ機関投資家や個人投資家」と明記し、投資家は開示を待つのではなく、ガイダンスを参照して企業と対話し、投資判断に必要な情報をつかむことが期待されるとしています(ガイダンス p.3〜4)。

また、ガイダンスは開示の項目を増やすためのものではありません。法定開示やコーポレートガバナンス・コードに追加するものではなく、企業が伝えるべき情報の全体像を整理する枠組みで、項目の順番や中身も各社の状況に応じて柔軟に使うことを想定しています(同 p.3)。

8つの提言と、その後に変わったこと

第7章の提言は8つです(伊藤レポート2.0 p.56〜60)。

  • 価値協創ガイダンスの策定:企業と投資家の共通言語として

  • 開示・対話のプラットフォームの設立:優良事例を分析・共有し、より良い開示と対話を検討し続ける場

  • 機関投資家によるガイダンスの活用:企業評価やESGの組み込み、アセットオーナーと運用機関の対話で。改訂されたスチュワードシップ・コードが議決権行使結果の個別開示を求めたことにも触れている

  • 開示・対話の環境整備:制度ごとに重なる開示の整理、四半期開示の義務の是非の検証、株主総会プロセスの電子化など

  • 非財務情報のデータベースの充実:統合報告書などで開示される非財務情報を投資家が使いやすく

  • 無形資産に関する統計・研究の充実:人材投資やブランドへの投資を捉える統計が乏しい

  • 無形資産への投資を促すインセンティブ設計:研究開発税制の見直しを例に、人材やIT・ソフトウェアへの投資にも

  • 継続して検討する論点:TOPIXなど株価指数のあり方、政策保有株式

その後の主な動き

報告書が提言・問題提起したテーマについて、その後の主な動きを年代順に並べます。報告書だけの成果ではなく、金融庁・東証の制度づくりが重なった結果です。

2026年7月のコード改訂の文書は、企業が「専ら株主還元に頼るなど短期目線でふるまうのではなく」、中長期の企業価値の向上に向けた成長投資に取り組むことを期待すると書いています(金融庁・東証「成長投資の促進に向けたコーポレートガバナンス・コードの改訂について」p.1)。2.0が問題にした「無形資産への投資が短期の利益のために削られる」構図に対し、コードは2021年改訂で無形資産への投資の開示と取締役会の監督を求め、2026年改訂では成長投資で何を実行するかの説明まで原則に書き込んだ形です。

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コーポレートガバナンス・コードは東証が定める上場企業の行動原則で、実施しない原則は理由を説明すれば足ります。2026年7月の改訂で補充原則を廃止し83原則→30原則に。市場区分ごとの適用、CG報告書の読み方、独立社外取締役3分の1以上の会社が6.4%→98.8%に増えた変化まで。

経済産業省は、価値協創ガイダンスをもとに気候変動の開示を整理した「TCFDガイダンス」や、ガイダンスの個別の項目に焦点を当てた「人材版伊藤レポート」「デジタルガバナンス・コード」「知財・無形資産ガバナンスガイドライン」「CGSガイドライン」などが策定されてきたと振り返っています(伊藤レポート3.0 p.25)。3.0とガイダンス2.0の中身は次の記事で扱っています。

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伊藤レポート3.0(SX版伊藤レポート)は2022年8月に経済産業省が公表した報告書。SXの定義と3つの取組、日立の上場子会社22社→0社など実例、価値協創ガイダンス2.0、PBR1倍以上が条件のSX銘柄、SSBJ基準とのつながりを解説。

報告書が継続検討とした政策保有株式(取引先どうしの株の持ち合い)の解消の経緯は、次の記事にまとめています。

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株式の持ち合いは、企業同士が互いの株を持って安定株主になる慣行です。都銀・地銀等の保有比率は1990年度15.7%から2025年度1.7%へ(JPX調査)。政策保有株式との違い、解消の売りが株価に与える影響、有報での調べ方をトヨタ・大林組の実例で解説します。

統合報告書を出す企業は330社から1,225社に

ガイダンスが想定した「統合的な開示」の代表が統合報告書です。統合報告書を発行する企業等は、2.0が出た2017年の330社から、2025年には1,225社(うち上場企業1,134社)に増えました(企業価値レポーティング・ラボ「国内自己表明型統合報告書発行企業等リスト2025年版」p.2)。プライム・スタンダード・グロースの上場企業(3,707社、2026年9月30日時点、KabuGraph調べ)のおよそ3割にあたる計算です。

統合報告書を発行する企業等の数

出典:企業価値レポーティング・ラボ「国内自己表明型統合報告書発行企業等リスト2025年版」よりKabuGraph作成。各年1〜12月に発行した企業等の数で、非上場企業などを含む(2025年は上場企業1,134社)

2017年の数字は今どうなったか——TOPIX500のPBR1倍割れは38%→19%

報告書が示したPBRの数字を、2026年9月30日の終値で計算し直しました。対象は報告書と同じTOPIX500の構成銘柄で、JPXが公表する構成銘柄別ウエイト一覧(2026年8月31日時点、TOPIX Core30・Large70・Mid400の492銘柄)のうち、上場している490社です(JPX「TOPIX」構成銘柄情報)。

PBR1倍割れの企業の割合(日本TOPIX500・米国S&P500・欧州BE500)

出典:経済産業省「伊藤レポート2.0」p.33 図表27(2017年3月27日時点、Bloombergのデータ)、JPX「TOPIX構成銘柄別ウエイト一覧」(2026年8月31日時点)、東証株価・決算短信(2026年9月30日時点)よりKabuGraph作成・算出。2026年はTOPIX500の構成銘柄のうち上場中の490社で、PBRは直近の通期の1株当たり純資産で計算
  • PBR1倍割れ:TOPIX500の38%(2017年3月)→18.6%(490社中91社)。米欧との差は縮んだが、欧州の2017年の水準(15%)よりはまだ高い

  • PBRの中央値:TOPIX構成銘柄の0.98倍(2016年9月)→TOPIX500で約1.5倍、プライム市場全体で1.35倍。ただしプライム全体では今も29.1%(1,535社中446社)が1倍割れ

  • ROEの中央値:TOPIX500の8.55%(2016年度)→8.8%(直近の通期、当期純利益÷期末純資産)。計算の定義が違うので目安だが、ほぼ横ばい

ROEの水準があまり変わらないままPBRが上がったことは、PBR=ROE×PERのうち、将来への期待を表すPER(株価収益率)の側が上がったと読めます。東証の要請(2023年3月)や自社株買いの増加など要因は複数あり、伊藤レポート2.0の効果だけを取り出すことはできません。東証一部・プライム全体のROE・PBR・PERの推移は伊藤レポートの記事で確かめています。

投資家の使い方——統合報告書と中期経営計画を6つの問いで読む

価値協創ガイダンスの6項目は、統合報告書や中期経営計画を読むときのチェックリストとして使えます。

現行の版は2022年8月に改訂された価値協創ガイダンス2.0で、「長期戦略」(長期ビジョン・ビジネスモデル・リスクと機会)と「実質的な対話・エンゲージメント」の項目が新設され、戦略の項目は「実行戦略(中期経営戦略など)」になりました(経済産業省「価値協創ガイダンス2.0」p.4〜5)。改訂は当初版の内容を可能な限り活かしたものなので、ここでは2017年の報告書の原本にある投資家の視点を中心に紹介します。2.0の項目の中身は伊藤レポート3.0の記事で扱っています。2017年版の6項目を投資家の問いに置き換えると次のようになります。

出典:経済産業省「価値協創ガイダンス」(2017年5月)p.5よりKabuGraph作成

ビジネスモデル——強みが利益率に表れているか

報告書は、ビジネスモデルを単なる「事業の概要」や「儲けの構造」としてではなく、中長期の成長率・利益率・資本生産性をもたらす仕組みとして見るべきだとしています(伊藤レポート2.0 p.45〜46)。投資家の切り口として挙げたのが「ドライバー」です(同 p.46)。

  • 成長ドライバー:市場や需要の伸び、利便性のブレークスルー

  • 供給力ドライバー:生産能力・人員・研究開発・技術

  • マージンドライバー:価格決定力

例として、ITサービス企業が開示する専門資格の取得者数を、1人あたりの効率を高める成長ドライバーとして読む方法が紹介されています。ブランドについては、利益率の高さや費用の削減に表れていなければ、投資家は「単に知名度があるに過ぎない」と考えるとまで書いています(同 p.53)。

戦略——無形資産への投資を「回収の時期」まで説明しているか

研究開発や人材への投資で減益になっている会社は、それが将来の稼ぐ力への投資なのか、単なるコスト増なのかを見分ける必要があります。報告書は、長期の投資家が研究開発について求める情報として、セグメントごとの研究開発費、研究テーマの市場性、投資を回収する時期の目安などを挙げました(同 p.50〜51)。

  • どこに投じるか:研究開発費や人材への投資が、中期経営計画のどの事業に振り向けられているか

  • いつ回収するか:どの製品・サービスの売上や利益に、いつごろつながる想定か

  • 何をやめるか:ガイダンスは、事業売却・撤退を含む事業ポートフォリオの考え方を示すよう求めている(価値協創ガイダンス p.21)

2026年7月改訂のコーポレートガバナンス・コードも、成長投資で何を実行するかの説明に加えて、中期経営計画が目標未達に終わった場合は、原因と自社の対応を分析して株主に説明し、次の計画に反映させるよう求めています(成長投資の説明は原則4-1、中期経営計画の未達は原則4-1の解釈指針。東証「コーポレートガバナンス・コード(2026年7月版)」p.17〜18)。

成果——株主は報われてきたか

ガイダンスは成果の項目を「結果を出さずに100年の計を語っても投資家やステークホルダーからの信頼を得ることはできない」という一文から始めます(価値協創ガイダンス p.22)。これまでの価値の創出を振り返る例として挙げるのが、過去5〜10年に投資した株主がどれだけ報われたかを示す株式総合利回り(TSR、配当込みの株価上昇率)です(同 p.22〜23)。

個人投資家は、有価証券報告書の「提出会社の経営指標等」で、最近5期の株主総利回りを配当込みTOPIXなどの比較指標と並べて確かめられます。2026年3月期の有価証券報告書から3社を並べると、同じ5年でも株主の報われ方は大きく違います。

株主総利回り(2021年3月末に投資した場合、配当込み)

出典:日立製作所・トヨタ自動車・村田製作所の2026年3月期有価証券報告書「提出会社の経営指標等」よりKabuGraph作成。2021年3月末の株価に投資した場合の各期末の株主総利回り(配当込み)で、比較指標は配当込みTOPIX
  • 日立製作所:464.3%。配当込みTOPIX(202.2%)の2倍以上

  • トヨタ自動車:205.1%。配当込みTOPIXとほぼ同じ

  • 村田製作所:124.7%。プラスだが配当込みTOPIXを大きく下回る

統合報告書や中期経営計画を読むときは、会社が掲げる目標や価値創造ストーリーが、この実績とどうつながっているかを確かめると、説明の説得力を測れます。株主総利回りは株価に左右されるため、1〜2年ではなく5年の流れで見るのが基本です。

資本コスト——目標のROEは資本コストを上回っているか

ガイダンスは、資本コストを上回るリターンを求める意志を示すことが投資家の評価を得るうえで重要だとしています(ガイダンス p.23〜24)。報告書には、投資家は企業価値をROEと資本コストの差(ROEスプレッド)で見ている、との意見も載っています(伊藤レポート2.0 p.54)。

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WACC(加重平均資本コスト)の計算式をCAPMモデルから順を追って解説。株主資本コスト・負債コスト・実効税率の求め方、ROIC≧WACCで測る価値創造の判定基準、業種別の目安まで、個人投資家が使える水準でわかります。

ガバナンス——戦略に合った取締役と報酬か

ガイダンスのガバナンスの項目は、取締役会の持続性、社長・経営陣のスキルと多様性、社外役員のスキルと多様性、戦略的意思決定の監督、利益分配の方針、役員報酬の設計と結果、取締役会の実効性評価の7つです(ガイダンス p.25〜27)。報告書は、海外企業は経営課題にひも付けた選任基準を先に示すのに対し、日本企業は選ばれた人と理由だけを示すことが多いと指摘しました(伊藤レポート2.0 p.55)。招集通知のスキル・マトリックスや、有価証券報告書の役員報酬の業績連動の指標で確かめられます。

よくある疑問——強制力は?ESG投資を勧めている?

伊藤レポート2.0に強制力はある?

ありません。研究会の報告書とガイダンスで、法令や上場規則ではありません。ガイダンスは、さらに制度を積み重ねて義務づけることは「実務の健全な発展を阻害する恐れもある」として、企業と投資家の自主的な取組の指針と位置づけています(価値協創ガイダンス p.3)。企業に説明を求める仕組みは、コーポレートガバナンス・コードと有価証券報告書の開示の側にあります。

ESG投資をすれば儲かると書いてある?

書いてありません。報告書は、ESG投資で超過収益を上げられるというコンセンサスには至っていないと明記し、ESGを主に長期のリスク要因として扱いました(伊藤レポート2.0 p.29)。重視したのは、企業がESGを自社の事業のリスクと機会に結びつけて説明することです。

価値協創ガイダンスと「価値協創ガイダンス2.0」の違いは?

2.0は2022年8月、伊藤レポート3.0と同時に改訂された版です。2017年版の考え方を引き継ぎつつ、SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)の実現に向けた枠組みとしてアップデートされました(伊藤レポート3.0 p.10)。中身は伊藤レポート3.0の記事で扱っています。

まとめ

  • 伊藤レポート2.0は、2017年10月に経済産業省が公表した「持続的成長に向けた長期投資(ESG・無形資産投資)研究会 報告書」。2022年5月の人材版伊藤レポート2.0とは別の報告書

  • 問題にしたのは、無形資産への投資が会計上その年の費用になり、短期の利益を守るために削られやすいこと。当時、TOPIX500の38%がPBR1倍割れだった

  • 成果の価値協創ガイダンスは6項目(価値観・ビジネスモデル・持続可能性と成長性・戦略・成果とKPI・ガバナンス)で、個人投資家も手引きの対象に含む

  • 2026年7月のコード改訂で、無形資産を含む成長投資の説明が取締役会の役割に。TOPIX500のPBR1倍割れは38%から19%(18.6%、2026年9月30日)に下がった

  • 統合報告書や中計は6つの問いで読む:強みが利益率に表れているか、投資の回収時期、株主総利回り、資本コスト、戦略に合った取締役と報酬

コラム著者・編集者

K

KabuGraph編集部

KabuGraph編集部は、投資情報の発信と株式分析ツールの開発に携わるチームです。日本株・米国株の事業分析から、投資に役立つ情報をわかりやすくお届けします。

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