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コンツェルンの例|四大財閥・日産など新興コンツェルンと今の上場企業への系譜

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コンツェルンの代表例は、戦前の日本の財閥、とくに三井・三菱・住友・安田の「四大財閥」と、1930年代に台頭した日産・日窒・森・日曹・理研の「新興コンツェルン」です。海外の例には、この言葉が生まれたドイツのIGファルベンやシュティンネス、クルップ、米国のモルガンやロックフェラーのグループがあります。

戦前の日本の例はいずれも、三井合名会社のような「本社(持株会社)」や中核の会社が株式を持ち、銀行・商社・鉱山・化学など業種の違う多くの会社を傘下にまとめた企業グループです。財閥の本社は1946〜47年の財閥解体で解散しましたが、傘下の会社の多くは独立した企業として残り、日立製作所・旭化成・リコーなどは今も上場しています。

今の日本では、三菱UFJフィナンシャル・グループのような持株会社を頂点にした企業グループが、形の上では「現代の例」にあたります。ただし所有のしかたも規制も、戦前の財閥とは違います。

この記事では、それぞれの例について「中心の会社の名前・設立年・主な傘下企業」を一覧にし、戦後の六大企業集団との違い、系譜を引く今の上場企業、「財閥系」や持ち合いを投資でどう見るかまで整理します。言葉の定義や仕組みはコンツェルンとはで詳しく解説しています。

コンツェルンの例を一覧で整理

コンツェルンは、中心の会社が株式の保有や役員の派遣を通じて、法律上は独立した多くの企業をまとめて支配する企業グループです。カルテルやトラストが同じ業種の企業どうしの結びつきであるのに対し、業種の違う企業を束ねる点が特徴とされます(コトバンク「コンツェルン」)。代表的な例を、国と時代で4つに分けると次のとおりです。

出典:三井広報委員会・三菱グループ・住友グループ広報委員会ほか各社の沿革、公正取引委員会「企業集団の実態について~第6次調査~」、コトバンク「コンツェルン」よりKabuGraph作成

区分ごとの例・中心の会社・時期は次のとおりです。

  • 旧財閥(四大財閥):三井・三菱・住友・安田

    • 中心の会社:三井合名会社、三菱合資会社、住友合資会社、安田保善社

    • 時期:本社の設立は1893〜1921年

  • 旧財閥(その他):古河・浅野・大倉・川崎など

    • 中心の会社:古河合名会社、浅野同族会社、株式会社大倉組、川崎定徳合資会社

    • 時期:本社の設立は1906〜1918年

  • 新興コンツェルン:日産・日窒・森・日曹・理研

    • 中心の会社:日本産業、日本窒素肥料、森興業・昭和電工、日本曹達、理化学興業

    • 時期:1930年代に拡大

  • ドイツ:IGファルベン、シュティンネス、クルップ

    • 中心の会社:IGファルベン社など

    • 時期:20世紀初め〜第一次世界大戦後に発達

  • 米国:モルガン、ロックフェラー

    • 中心の会社:金融機関・石油会社

    • 時期:第一次世界大戦後に一般化

  • 戦後の日本(参考):六大企業集団(三井・三菱・住友・芙蓉・三和・第一勧銀)

    • 中心の会社:本社なし(株式の持ち合いと社長会)

    • 時期:1950〜60年代に形成

  • 現代の日本(参考):三菱UFJフィナンシャル・グループ、セブン&アイ・ホールディングスなど

    • 中心の会社:上場する持株会社

    • 時期:1997年の持株会社解禁以降

出典:三井広報委員会、三菱グループ、住友グループ広報委員会、安田不動産ほか各社の沿革、公正取引委員会「企業集団の実態について~第6次調査~」、コトバンク「コンツェルン」よりKabuGraph作成

どの例が今のどの上場企業につながるかは、後半の「今につながる上場企業」で一覧にしています。

戦前の代表例①:四大財閥(三井・三菱・住友・安田)

日本語の「財閥」は、狭い意味では戦前日本の同族が出資する持株会社を頂点に、子会社・孫会社をピラミッド型に支配した「ファミリー・コンツェルン」を指す言葉です(コトバンク「財閥」)。なかでも三井・三菱・住友・安田は四大財閥と呼ばれます。

各財閥の本社(持株会社)とその設立・変遷、戦前の主な傘下企業は次のとおりです。

  • 三井:三井合名会社

    • 設立と変遷:1909年設立(三井家11名が出資)→1940年に旧三井物産が吸収→1944年に三井本社

    • 主な傘下企業:三井銀行・旧三井物産・三井鉱山(のちに三井信託・三井生命・三井倉庫など)

  • 三菱:三菱合資会社

    • 設立と変遷:1893年設立。1916年以降に各部門を分社して持株会社に→1937年に株式会社三菱社→1943年に三菱本社

    • 主な傘下企業:三菱銀行・三菱商事など

  • 住友:住友合資会社

    • 設立と変遷:1921年、住友総本店を改組(資本金1億5,000万円)→1937年に株式会社住友本社

    • 主な傘下企業:住友銀行・住友化学など

  • 安田:安田保善社

    • 設立と変遷:1912年に合名会社保善社として設立→1925年に安田保善社と改称

    • 主な傘下企業:安田銀行・東京火災保険・帝国海上保険など

出典:三井広報委員会、三菱グループ「三菱の歴史」、住友グループ広報委員会、安田不動産「沿革」、三井住友銀行・三菱UFJ銀行・富士銀行の沿革、損保ジャパン 年表よりKabuGraph作成

4つの本社はいずれも、戦後の財閥解体で解散しました(三菱グループ「三菱の歴史」)。

三井:三井家11名が出資した「三井合名会社」

三井は1909年11月、三井家の11名だけを出資者とする三井合名会社を設立し、三井銀行と旧三井物産を株式会社に改め、その株式を合名会社が持つ形にしました。三井鉱山もその2年後に株式会社になっています。三井広報委員会はこの三井合名を「日本初のホールディング・カンパニー」と説明しています(三井広報委員会「持株会社『三井合名』設立」)。

戦時中の1940年には旧三井物産が三井合名を吸収合併し、1944年に改めて三井本社が設立されました(三井広報委員会「戦時下の三井財閥」)。終戦時の傘下会社は約270社で、三井本社は直系10社・準直系12社を指定していました。三井本社は1946年9月30日の株主総会で解散を決めています(三井広報委員会「三井財閥最後の日」)。

三菱:事業部門を分社して持株会社に

三菱は1893年、岩崎彌之助と久彌の折半出資で三菱合資会社を組織しました。1916年に社長となった岩崎小彌太は事業部門を次々に分離・独立させ、三菱合資を持株会社として傘下を統括する体制に移しました。三菱商事も1918年に分離・独立しています。本社は1937年に株式会社三菱社、1943年に三菱本社と名前を変え、1946年9月に解散しました(三菱グループ「三菱の歴史」)。

住友:経営者も出資者になった「住友合資会社」

住友は1921年2月26日、住友家の個人商店だった住友総本店を資本金1億5,000万円の住友合資会社に改組しました。家長と分家が財産を出資し、総理事の鈴木馬左也ら経営者が労務出資で出資者に加わった点が、ほかの財閥と違うところです(住友グループ広報委員会「鈴木馬左也 その2」)。1937年3月には、株式会社住友本社に改組しています(住友グループ広報委員会「小倉正恆」)。

安田:金融に集中した「金融財閥」

安田は、銀行と保険を中心に広がった財閥です。

そのほかの財閥

四大財閥のほかにも、持株会社を頂点にした財閥は数多くありました。

  • 既成財閥:古河合名会社(1911年)、浅野同族会社(1918年)、株式会社大倉組(1911年)、川崎定徳合資会社(1906年、川崎八右衛門系)など

  • 大正財閥:第一次世界大戦期の好景気で急成長した鈴木、久原、川崎(正蔵)=松方、渋沢、岩井、野村など

  • 地方財閥:福岡県の安川=松本・貝島・麻生(炭鉱)、千葉県の茂木(醸造)など、特定の地域で多角経営をしたグループ

出典:コトバンク「財閥」「川崎財閥」よりKabuGraph作成

戦前の代表例②:新興コンツェルン(日産・日窒・森・日曹・理研)

1930年代、重化学工業の広がりとともに台頭した5つの企業グループは、「新興コンツェルン」または「新興財閥」と呼ばれます。中核の会社は明治末から1920年代に生まれ、1930年代に一気にグループを広げた点が、明治から続く旧財閥との違いです。一般にはこの5つを指しますが、中島飛行機や松下電器のグループを含めることもあります(コトバンク「新興財閥」)。

出典:三井広報委員会、三菱グループ「三菱の歴史」、住友グループ広報委員会、安田不動産、JNC・日本曹達・レゾナック・日鉱記念館・理化学研究所の沿革よりKabuGraph作成

5つのグループの創業者・中心の会社・最盛期の規模・主な事業は次のとおりです。

  • 日産(創業者:鮎川義介)

    • 中心の会社:日本産業(1928年に久原鉱業を改称した公開持株会社)

    • 規模:日中戦争の開戦時に直系18社・直系子会社59社(払込資本金4億7363万円)

    • 主な事業:鉱業・電機・自動車・水産など

  • 日窒(創業者:野口遵)

    • 中心の会社:日本窒素肥料(1908年)

    • 規模:1941年に直系子会社30社(払込資本金3億5000万円)

    • 主な事業:化学肥料・人絹・電力(水俣・延岡・朝鮮の興南が拠点)

  • 森(創業者:森矗昶)

    • 中心の会社:日本沃度(1926年)・昭和肥料(1928年)→昭和電工(1939年)

    • 規模:1937年ごろ、持株会社の森興業の傘下に20社(払込資本金1億4199万円)

    • 主な事業:アルミニウム・硫安

  • 日曹(創業者:中野友禮)

    • 中心の会社:日本曹達(1920年)

    • 規模:1937年に直系子会社15社・孫会社12社(公称資本金2億4000万円)

    • 主な事業:ソーダ・金属・人絹パルプ

  • 理研(創業者:大河内正敏)

    • 中心の会社:理化学興業(1927年)

    • 規模:1939年に63社・121工場(公称資本金1億5000万円余)

    • 主な事業:理化学研究所の発明の工業化

出典:日鉱記念館、JNC・日本曹達・レゾナックの沿革、理化学研究所「理研コンツェルン(理研産業団)資料」、コトバンク(「日産コンツェルン」ほか各グループの項目)よりKabuGraph作成。社数・資本金は、数え方(直系だけか孫会社まで含むか、払込か公称か)がグループごとに異なる

旧財閥との違い

  • 自前の銀行を持たなかった:持株会社の株式を公開し、資金を株式市場から集めた(旧財閥は同族の出資と傘下の金融機関に頼った)

  • 傘下企業どうしに技術のつながりがあった:重化学工業を中心に、関連する技術で事業を広げた

  • 創業者が陣頭指揮をとった:専門経営者が経営を担うことの多かった旧財閥と対照的

  • 朝鮮・満州に積極的に進出した:戦時の国策に沿って大陸へ事業を広げた

出典:コトバンク「新興財閥」「財閥」よりKabuGraph作成

日産:株式市場を使って急拡大した公開持株会社

鮎川義介は1928年、義弟の久原房之助の事業を引き継ぎ、中核の久原鉱業を、株式を一般に公開する持株会社「日本産業」に改組しました。日鉱記念館(JX金属)はこれを「日本で初めての公開持株会社」と説明しています(日鉱記念館「JX金属グループの歴史」)。

日本産業は、傘下企業の株式を公開して得た資金や、値上がりした自社株との交換で既存企業を合併し、新しい子会社を次々に生み出しました。その結果、日中戦争の開戦時には三井・三菱に次ぐ規模になり、1937年末には本社を満州国に移して満州重工業開発に改組しています(コトバンク「日産コンツェルン」)。

持株会社そのものの株を誰でも売買でき、市場から集めた資金で傘下を広げた点で、日本産業は今の上場持株会社に近い形をしていました。

海外のコンツェルンの例:ドイツと米国

「コンツェルン(Konzern)」はドイツ語で、20世紀初めのドイツでは多くの巨大コンツェルンが生まれました。代表的な例が、化学のIGファルベン、石炭から広がったシュティンネス、鉄鋼のクルップです。なお、ドイツでは今も株式法18条が企業グループを「Konzern」と定義しており、この語は特別な含みのない普通の言葉です(ドイツ株式法 第18条、詳しくはコンツェルンとは)。

IGファルベン(ドイツ・化学)

1925年12月2日、BASF・バイエル・アグファ・ヘキストなど6社が合同してIGファルベンが生まれ、ドイツで群を抜いて大きな化学会社になりました。創立に加わった各社は法的な独立性を手放しています(BASF「IG Farben」)。戦後は軍政当局によって解体され、BASFは1952年に改めて設立されました(同)。

各社が1社にまとまった点では、トラスト(企業合同)にも近い例です(トラストの代表例はトラストの例で整理しています)。また、本体が解体され、BASFのような中核の会社が改めて設立されて再出発した流れは、日本の財閥解体とも重なります。

シュティンネス・コンツェルン(ドイツ・石炭など)

フーゴ・シュティンネス(1870〜1924年)は、石炭から始めて鉄鋼・電力などへ事業を広げました。そのグループは1924年に1,535社・2,888の事業所を抱え、原料の採掘から完成品まで手がけるコンツェルンになりましたが、同年の本人の死後まもなく崩れ始めました(ドイツ歴史博物館 LeMO「Hugo Stinnes」)。

クルップ(ドイツ・鉄鋼)

1811年に始まるクルップは、鉄鋼を中心に事業を広げました。1999年にティッセンと合併し、今のティッセンクルップになっています(thyssenkrupp「Krupp and Thyssen History」)。

米国:モルガン、ロックフェラー

米国の例は、モルガンやロックフェラーのグループです。ただし米国ではコンツェルンという言葉はあまり使われず、持株会社を頂点とする形より、支配の中心がはっきりしない緩やかな結びつきであることが多いとされます(コトバンク「コンツェルン」)。

戦後の六大企業集団:本社のない「持ち合い」のグループ

戦後の財閥解体で、財閥の本社は解散しました。三井の場合、三井一族が持っていた株式は処分され、三井本社と直系・準直系会社の資産は持株会社整理委員会の手で処理されています(三井広報委員会「三井財閥最後の日」)。解体の手順や、持株会社を禁じた独占禁止法の経緯は次の記事で解説しています。

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コンツェルンは今の日本では禁止されていません。GHQの財閥解体を受けて1947年の独占禁止法9条が持株会社を禁じた理由、1997年の解禁、今も残る9条の規制と報告義務、M&Aで焦点になる企業結合審査との違いを、条文と公取委の資料で解説します。

本社を失った旧財閥系の各社は、1950年代から社長の集まり(社長会)をつくって再び結びつきました。公正取引委員会は、三井・三菱・住友(旧財閥系)と芙蓉・三和・第一勧銀(銀行系)を「六大企業集団」と呼び、1977年から継続的に実態を調べていました(公正取引委員会「企業集団の実態について~第6次調査~」。第6次調査は1998年10月公表)。

各グループの社長会は次のとおりです。

  • 旧財閥系

    • 三井:二木会(1961年に発足)

    • 三菱:金曜会(1954年に「三菱金曜会」と改称)

    • 住友:白水会

  • 銀行系

    • 芙蓉(富士銀行):芙蓉会(1966年に結成)

    • 三和(三和銀行):三水会(1967年に結成)

    • 第一勧銀(第一勧業銀行):三金会

出典:公正取引委員会、三井広報委員会「三井グループの再結集」、三菱グループ「三菱の歴史」、日本証券経済研究所 菊地浩之「六大企業集団の社長会について(上)」・(下)よりKabuGraph作成

ただし、グループの軸だった銀行はその後に統合が進みました。2000年に富士銀行・第一勧業銀行・日本興業銀行が持株会社のみずほホールディングスを設立し(みずほフィナンシャルグループ「CSRレポート2006」)、2001年には三井系のさくら銀行と住友銀行が合併して三井住友銀行になっています(三井住友銀行 沿革)。当時の枠組みがそのまま今に続いているわけではありません。

財閥と企業集団は「つながり方」が違う

出典:三井広報委員会、三菱グループ「三菱の歴史」、公正取引委員会「企業集団の実態について~第6次調査~」よりKabuGraph作成

戦前の財閥では、同族が出資する本社が傘下の主要企業の株式を持ち、持株会社として傘下の事業を統括していました(三菱グループ「三菱の歴史」)。これに対し戦後の企業集団は、頂点に立つ本社がなく、各社が互いの株式を少しずつ持ち合う形です。

  • 持ち合いの度合い:1社が同じグループの1社を持つ比率は平均1.38%。ただしグループ全体では、各社の株式の約21%(21.37%)を持ち合っていた(いずれも平成8年度、低下傾向)

  • 社長会の性格:親睦・情報交換が目的で、個別企業の事業について話し合ったり決議したりはしないとされる

  • 結びつきの傾向:資本・人・融資・取引のいずれの結びつきも、総じて徐々に弱まる傾向

出典:公正取引委員会「企業集団の実態について~第6次調査~」(平成10年度年次報告)よりKabuGraph作成

三井広報委員会も、二木会・月曜会は「グループ全体の意思決定機関ではない」と説明しています(三井グループの再結集)。本社を頂点にしたピラミッドがない点で戦前の財閥とは形が違うため、この記事の一覧では戦後の企業集団を「参考」として分けています。

持ち合いの名残は「政策保有株式」に

企業集団の株式の持ち合いには、グループの会社どうしが安定株主になる役割も期待されていました(日本証券経済研究所 菊地浩之「六大企業集団の社長会について(下)」)。今の上場企業では、こうした持ち合いは「政策保有株式」の問題として扱われています。

東証のコーポレートガバナンス・コードは、上場企業が政策保有株式を持つ場合、縮減に関する方針を開示し、銘柄ごとに保有の便益やリスクが資本コストに見合っているかを毎年検証するよう求めています(東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード」原則1-4)。

旧財閥系の会社を調べるときは、有価証券報告書に載る政策保有株式の情報を見ると、同じグループの会社の株をどれだけ持っているかを確かめられます。

今につながる上場企業:コンツェルンの系譜

財閥の本社はなくなりましたが、傘下にいた会社の多くは独立して成長し、今も上場しています。主な系譜を「当時の会社→今の主な上場企業(証券コード)」の形で並べると次のとおりです。

  • 三井

    • 三井銀行→三井住友フィナンシャルグループ(8316):太陽神戸三井銀行→さくら銀行を経て、2001年に住友銀行と合併(三井住友銀行 沿革)

    • 三井合名の不動産課→三井不動産(8801):1941年に三井不動産として設立(三井広報委員会)

    • 旧三井物産→三井物産(8031):旧三井物産は1947年に解散を命じられた(三井財閥最後の日)。今の三井物産と法的な継続性はない(三井広報委員会)

  • 三菱

    • 三菱合資の銀行部→三菱UFJフィナンシャル・グループ(8306):1919年に三菱銀行として設立、合併を重ねて三菱UFJ銀行に(三菱UFJ銀行 沿革)

    • 旧三菱商事→三菱商事(8058):1918年に三菱合資から分離・独立(三菱の歴史)。旧三菱商事は1947年にGHQの指令で解散し、1950年設立の光和実業(のちに三菱商事へ改称)を含む4社が1954年に大合同して今の三菱商事に(三菱商事「新生・三菱商事の発足」)

    • 三菱重工業→三菱重工業(7011):1950年に過度経済力集中排除法で3社に分割され、1964年に3社が合併(三菱重工 沿革)

  • 住友

    • 住友銀行・住友化学など→三井住友フィナンシャルグループ(8316)、住友化学(4005)、住友金属鉱山(5713)、住友電気工業(5802)など:住友グループ広報委員会の加盟各社(グループ各社のご案内)

  • 安田

  • 日産

    • 日産自動車→日産自動車(7201):1933年に日本産業などの出資で設立、翌年に日本産業の100%出資で現社名に(日産自動車前史)

    • 日立製作所→日立製作所(6501):久原鉱業所日立鉱山の修理工場から1920年に独立(日立 沿革)

    • 日本鉱業→JX金属(5016)、ENEOSホールディングス(5020):1929年に日本産業の鉱山・製錬部門が独立(ENEOS 沿革・日鉱記念館)

    • 共同漁業(日本水産)→ニッスイ(1332):1934年に日産コンツェルンに参画(ニッスイ 沿革)

  • 日窒

    • 旭絹織など→旭化成(3407):1922年に野口遵が創業(旭化成)。1946年に社名を日窒化学工業から旭化成工業に改めた(旭化成の歴史)

    • 日窒のプラスチック部門→積水化学工業(4204):1947年、日窒コンツェルンのプラスチック部門を母体に発足(積水化学)

  • 森

    • 日本沃度・昭和肥料→レゾナック・ホールディングス(4004):日本沃度(1934年に日本電気工業へ改称)と昭和肥料が1939年に合併して昭和電工に。2023年にレゾナック・ホールディングス体制へ(レゾナック 沿革)

  • 日曹

    • 日本曹達→日本曹達(4041):1920年に中野友禮が創立(日本曹達)

  • 理研

    • 理研光学工業・理研ピストンリングなど→リコー(7752)、リケンNPR(6209)、理研ビタミン(4526)、理研計器(7734):理化学研究所が挙げる理研コンツェルン系の会社(理化学研究所・リケンNPR 沿革)

出典:各社・各グループの沿革、三井広報委員会、理化学研究所よりKabuGraph作成。上場状況は2026年9月24日時点、KabuGraph調べ

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三菱商事は日本を代表する大手総合商社です。エネルギー、マテリアル、金属資源、インフラから食品、モビリティまで多岐にわたる事業を展開。地球環境エネルギーではLNGやガス資源を扱い、マテリアルソリューションではケミカルやプラスチックを供給。金属…

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日立製作所は、デジタル技術とインフラ融合による社会課題解決を掲げる総合電機メーカーです。IT・クラウド、電力システム、鉄道、エレベーター、家電など多岐にわたる製品・サービスを世界規模で提供しています。デジタルソリューション「Lumada」を…

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系譜をたどると、旧財閥や新興コンツェルンの線引きが戦後の合併であいまいになっていることも分かります。三井銀行の流れをくむさくら銀行と住友銀行は2001年に合併し、安田系の安田火災と日産系の日産火災は2002年に合併しました。

現代の日本の例:「〇〇ホールディングス」などの持株会社グループ

今の日本でコンツェルンにあたる例を挙げるなら、持株会社を頂点にした「〇〇ホールディングス」「〇〇フィナンシャル・グループ」などの企業グループです。たとえば三菱UFJフィナンシャル・グループは自社を「金融持株会社」と位置づけ(三菱UFJフィナンシャル・グループ「コーポレートガバナンス方針」)、傘下に銀行・信託銀行・証券会社・カード会社などを持ちます(同 会社概要)。セブン&アイ・ホールディングスも、自社を「純粋持株会社」と説明しています(セブン&アイ・ホールディングス 会社概要)。

こうした持株会社は1947年の独占禁止法で禁止されていましたが、1997年の改正(同年12月17日施行)で解禁されました(公正取引委員会 平成9年度年次報告)。禁止と解禁の経緯、今も残る規制はコンツェルンの禁止とはで解説しています。

ただし、形が似ていても戦前の財閥とは次の点が違います。

  • 所有者が違う:戦前の財閥本社は、もとは同族だけが出資する合名・合資会社だった(戦時中に株式の一部を公開し、三菱本社の株主は1万3000人に達した。三菱の歴史・三井広報委員会「戦時下の三井財閥」)。今の上場持株会社は、はじめから市場で誰でも株主になれる

  • 規制が違う:株式の所有で「事業支配力が過度に集中することとなる会社」は独占禁止法9条で禁じられ、一定規模以上の持株会社には報告義務もある(独占禁止法 第9条(e-Gov法令検索))

持株会社グループの株を見るときは、次の点も確かめておきましょう。

  • グループ全体の評価:事業が多岐にわたる持株会社は、事業ごとの価値を足し合わせた額より株価が低く評価されることがある(コングロマリット・ディスカウント)

  • 上場子会社との関係:親会社が過半数の株を持つ上場子会社は、親会社の意向が経営に強く反映される。少数株主との利益相反に注意(親子上場)

  • M&Aと独占禁止法:株式の取得や合併で競争を実質的に制限することになる企業結合は、独占禁止法で禁じられている。大型の買収や経営統合では、公正取引委員会の企業結合審査の行方が焦点になる(公正取引委員会「企業結合審査に関する独占禁止法の運用指針」)

持株会社グループをコンツェルンと呼べるかどうかは、次の記事で詳しく比べています。

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コンツェルンは持株会社などを頂点にした企業グループの「形」、ホールディングスはその頂点に立つ持株会社という「会社」とその社名です。三井合名など戦前の財閥本社と1997年解禁後の持株会社の違い、投資家が持株会社グループを見るときの注意点まで解説します。

まとめ

  • 代表例は戦前の四大財閥:三井合名会社(1909年)、三菱合資会社(1893年)、住友合資会社(1921年)、安田保善社(1912年)が本社

  • 1930年代の新興コンツェルン:日産(日本産業)・日窒・森・日曹・理研。株式市場から資金を集め、重化学工業で広がった

  • 海外の例:ドイツのIGファルベン・シュティンネス・クルップ、米国のモルガン・ロックフェラー

  • 戦後の六大企業集団は本社がなく、持ち合いと社長会でつながる緩い集まり。持ち合いの名残は今の政策保有株式で、東証は縮減の方針の開示を求めている

  • 系譜を引く会社の多くは今も上場:日立製作所・旭化成・リコー、1954年に再出発した三菱商事など。ただし今の「財閥系」は資本のつながりが薄い

  • 現代の例:三菱UFJフィナンシャル・グループなど、持株会社を頂点にした「〇〇ホールディングス」型の企業グループ。所有者も規制も戦前の財閥とは違い、投資ではグループ全体の評価や上場子会社との関係を見る

コンツェルンの意味や、カルテル・トラストとの違いは次の記事で解説しています。

コンツェルンとは|財閥のピラミッド構造とカルテル・トラストとの違い、1947年禁止・1997年解禁まで
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コンツェルンとは|財閥のピラミッド構造とカルテル・トラストとの違い、1947年禁止・1997年解禁まで

コンツェルンとは、持株会社などが株式保有で異業種の企業を支配する企業グループのこと。カルテル・トラストとの違いを図と表で比べ、三井合名など財閥の仕組み、1947年の持株会社禁止と1997年の解禁、現在の独占禁止法9条の規制まで一次資料で解説します。

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KabuGraph編集部

KabuGraph編集部は、投資情報の発信と株式分析ツールの開発に携わるチームです。日本株・米国株の事業分析から、投資に役立つ情報をわかりやすくお届けします。

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