コンツェルンとは|財閥のピラミッド構造とカルテル・トラストとの違い、1947年禁止・1997年解禁まで

コンツェルン(ドイツ語:Konzern)とは、持株会社や銀行などの親会社が株式を持つことで、法律上は独立した複数の企業を実質的に支配する企業グループのことです。カルテル(企業連合)・トラスト(企業合同)と並ぶ企業結合の一形態で、戦前の日本では三井・三菱・住友・安田などの財閥がその典型でした。
ひとことで言えば、カルテルは「協定」、トラストは「合併」、コンツェルンは「株式」で企業が結びつきます。コンツェルンでは傘下の会社が別々の会社のまま残り、異なる業種にまたがることが多いのが特徴です。
日本では戦後の財閥解体を受けて、1947年の独占禁止法で持株会社の設立が禁止され、1997年に解禁されました。いまの独占禁止法が禁じているのは持株会社グループそのものではなく、「事業支配力が過度に集中する」会社です。
この記事では、コンツェルンの仕組み、カルテル・トラストとの違い、ドイツと日本での歴史、財閥解体から現在の規制までを整理し、最後にいまの「〇〇ホールディングス」を投資家としてどう見ればよいかをまとめます。
この記事の内容(目次)
コンツェルンの意味を1分で整理
まず要点をまとめます。細かな点は次の章から順に説明します。
語源:ドイツ語の Konzern。訳語は定まっておらず、原語のまま使われることが多い
結びつき方:株式の保有が中心。役員の派遣(人)や融資(お金)で補う
傘下の企業:法律上は独立した会社のまま。実質的には親会社の支配を受ける
業種:通常は異なる業種にまたがる(同じ業種どうしのカルテル・トラストとの違い)
形:持株会社を頂点とするピラミッド型が典型。株式の持ち合いによる形もある
代表例
ドイツ:イーゲー・ファルベン、クルップ
アメリカ:モルガン、ロックフェラー
日本:戦前の財閥
日本での扱い:1947年に持株会社の設立を禁止 → 1997年に解禁。現在は過度な集中だけを禁止(独占禁止法9条)
いまの上場企業とのつながり:「〇〇ホールディングス」のような持株会社グループは、形のうえではコンツェルンに似ている。ただし戦前の財閥とは、株主も法規制も違う
出典:コトバンク「コンツェルン」、独占禁止法(e-Gov法令検索)よりKabuGraph作成
コンツェルンの仕組み:持株会社を頂点とするピラミッド
コンツェルンの中心には、傘下企業の株式を持つ持株会社(または銀行などの金融機関)があります。親会社が子会社の株式を持ち、その子会社がさらに子会社を持つことで、ピラミッド形の企業グループができあがります。
支配の手段は「株式・人・お金」
結びつきの土台は、株式の保有と、それにもとづく人事権です。融資や人のつながりが、それを補います。
株式の保有:議決権を握り、経営の基本方針や役員人事を決める
役員の派遣:親会社から社長や役員を送り込み、グループの方針をそろえる
融資:グループ内の銀行などが資金を供給し、結びつきを強める
出典:山川 日本史小辞典「コンツェルン」(コトバンク)よりKabuGraph作成
日本の代表例が三井です。1909年(明治42年)11月、三井家11名だけが出資する持株会社「三井合名会社」が設立され、株式会社に改めた三井銀行・旧三井物産を傘下に置きました(三井広報委員会「持株会社『三井合名』設立」)。三井鉱山もいったん三井合名の鉱山部となったあと、2年後に株式会社として傘下に加わっています。
三井広報委員会は三井合名を「日本初のホールディング・カンパニー」とし、本社を合名会社として、傘下に株式会社化した子会社を置く形を「イギリスのロスチャイルド家に見られるコンツェルン形態」と説明しています。ピラミッドの裾野はその後も広がり、終戦時の三井財閥の傘下会社は約270社にのぼったとされます(三井広報委員会「三井財閥最後の日」)。
少ない持分でグループ全体を支配できる
ピラミッド構造の特徴は、頂点の会社が比較的少ない資本で多くの会社を支配できることです。たとえば本社が子会社の株式の51%を持ち、子会社が孫会社の株式の51%を持つとします。本社から見た孫会社の実質的な持分は51%×51%で約26%にすぎませんが、孫会社は子会社を通じて本社の意向どおりに経営されます。
カルテル・トラストとの違い
コンツェルンは、カルテル(企業連合)・トラスト(企業合同)と並ぶ企業結合(企業集中)の代表的な形態で、「企業連携」と訳されることもあります。3つの違いは「何で結びつくか」にあります。
同じ業種の企業が協定で結びつくのがカルテル、合併で独占的な企業体になるのがトラストです。これに対してコンツェルンは、異なる業種の企業を結合した多角的・総合的な企業集団です(コトバンク「企業集中」)。
カルテル(企業連合)・トラスト(企業合同)・コンツェルン(企業連携)の違いを観点ごとにまとめると、次のとおりです。
結びつき方
カルテル:価格・生産量などの協定
トラスト:合併などで一体化
コンツェルン:株式の保有による支配
各社の独立性
カルテル:独立したまま
トラスト:独立性を失う
コンツェルン:法律上は別会社のまま
業種
カルテル:同じ業種
トラスト:同じ業種
コンツェルン:異なる業種にまたがることが多い
いまの独占禁止法
カルテル:「不当な取引制限」として禁止(2条6項・3条)
トラスト:競争を実質的に制限することとなる合併を禁止(15条)
コンツェルン:競争を実質的に制限することとなる株式保有(10条)と、事業支配力の過度な集中(9条)を禁止
出典:コトバンク「企業集中」、独占禁止法(e-Gov法令検索)よりKabuGraph作成
上の「いまの独占禁止法」の項目のとおり、現在の独占禁止法(e-Gov法令検索)は3つを同じようには扱いません。カルテルは「不当な取引制限」として禁止されています(2条6項・3条)。一方、合併や株式の保有は企業のふつうの活動なので、一定の取引分野での競争を実質的に制限することとなる場合などに限って禁止され(10条・15条)、企業グループをつくること自体は違法ではありません。
覚え方は「協定・合併・株式」
カルテル=話し合い(協定)で手を組む。会社はそのまま
トラスト=合併して1つの会社になる。同じ業種で市場を押さえる
コンツェルン=株式を持って傘下に収める。業種をまたいだグループになる
トラストの定義や語源、アメリカの反トラスト法との関係、いまの合併審査の実例はトラストとはで、代表的な事例はトラストの例で詳しく解説しています。

トラストとは|語源は1882年スタンダード石油の「信託」、カルテルとの違いから独禁法の合併審査まで
トラスト(企業合同)とは、同業種の企業が市場支配を狙い、独立性を失って一つになる結合形態。語源は1882年スタンダード石油の信託方式です。カルテル・コンツェルンとの違い、反トラスト法の由来、いまの独占禁止法の合併審査まで図解します。
コンツェルンの歴史:ドイツで発達し、日本では財閥になった
ドイツとアメリカ:第一次世界大戦後のドイツで大きく発達
コンツェルンが最も著しく発達したのは第一次世界大戦後のドイツです。アメリカではコンツェルンという表現はあまり使われず、同様の企業グループは利益集団(interest group)と呼ばれました。
イーゲー・コンツェルン(ドイツ):1925年に設立されたイーゲー・ファルベン社が中心。ドイツの代表例
クルップ(鉄鋼・兵器工業)、マンネスマン(鉄鋼)(ドイツ):第二次世界大戦後に連合国の独占解体政策で分割されたが、西ドイツ経済の復興とともに多くが復活・再編成された
スティンネス(ドイツ):1924年に創業者が亡くなって間もなく崩れ始めた
モルガン、ロックフェラー(アメリカ):利益集団の代表例
出典:コトバンク「コンツェルン」、ドイツ歴史博物館 LeMO「Hugo Stinnes」よりKabuGraph作成
いまのドイツでは、Konzern は財閥のような特別な集団ではなく、会社法上のふつうの「企業グループ」を指す言葉として使われています(後述)。
日本:財閥は「日本型のコンツェルン」
日本の財閥は、同族が支配する本社を持株会社とし、その下に業種の異なる直系会社・傍系会社を置くピラミッド型のコンツェルンでした。戦前には三井・三菱・住友・安田の四大財閥が代表的な存在で、敗戦後の1945年9月にはGHQがこの4つの解体を明示しました(三井広報委員会「三井財閥最後の日」)。
三井と三菱が本社を持株会社にした経緯は、次のとおりです。
三井:1909年に持株会社の三井合名会社を設立
三菱:1916年に社長に就いた岩崎小彌太が事業部門を分離・独立させ、三菱合資会社を持株会社として傘下事業を統括する体制を採った
出典:三井広報委員会「持株会社『三井合名』設立」、三菱グループ「沿革」よりKabuGraph作成
いま上場している旧財閥系の企業が、どの財閥のどの会社にさかのぼるかは、コンツェルンの例で一覧にしています。四大財閥の持株会社と傘下企業のほか、日窒・日産などの戦前に台頭した企業グループやドイツの事例も取り上げています。

コンツェルンの例|四大財閥・日産など新興コンツェルンと今の上場企業への系譜
コンツェルンの代表例を一覧で解説。三井合名・三菱合資など四大財閥の本社、日産・日窒・森・日曹・理研の新興コンツェルン、ドイツのIGファルベンまで。戦後の六大企業集団との違い、系譜を引く今の上場企業、持ち合いや持株会社グループを投資でどう見るかもわかります。
財閥解体と持株会社の禁止、1997年の解禁
財閥本社の解散
敗戦後、GHQの方針による財閥解体の中で、財閥本社は解散しました。三井本社は1946年9月30日の株主総会の決議で解散し(三井広報委員会「三井財閥最後の日」)、三菱本社も同年9月に解散して、三菱各社はそれぞれ独立した会社として再出発しています(三菱グループ「沿革」)。
1947年の独占禁止法が持株会社を禁止
1947年に制定された独占禁止法は、第9条で「持株会社はこれを設立してはならない」と定めました。独占禁止法の条文に持株会社の禁止を明記したのは、世界的にも珍しいことでした。公正取引委員会は禁止の理由として財閥解体の措置を法的に担保すること、端的には「財閥復活の阻止」を挙げていたとされます(下谷政弘・川本真哉「持株会社をめぐる諸問題」『経営史学』54巻2号(J-STAGE))。
1997年に純粋持株会社が解禁された
9条による持株会社の禁止を改める改正独占禁止法は第140回国会で成立し、1997年12月17日に施行されました(公正取引委員会 平成9年度年次報告)。背景には、バブル崩壊後の企業グループの再編や大手銀行の統合に、持株会社を使いたいという要請の高まりがあったとされます(下谷・川本 2019)。
翌1998年3月には、銀行法などの改正で銀行・保険会社・証券会社も持株会社を設立できるようになりました(公正取引委員会「金融機関の業態区分の緩和及び業務範囲の拡大に伴う不公正な取引方法について」)。1998年は金融機関にも対象が広がった年で、純粋持株会社そのものの解禁は1997年です。
いまの独占禁止法9条が禁止していること
現在の独占禁止法 第9条(e-Gov法令検索)が禁じているのは、他の会社の株式を持つことで「事業支配力が過度に集中することとなる会社」を設立すること、また既存の会社がそうなることです。事業支配力の過度な集中とは、グループの規模が相当数の事業分野にわたって著しく大きいことなどにより、国民経済に大きな影響を及ぼし、公正かつ自由な競争の促進の妨げとなることをいいます(9条3項)。
2002年の改正で、禁止の対象が持株会社から、株式を所有する会社一般に改められました(公正取引委員会 平成14年度年次報告)。持株会社であること自体は、禁止の理由になりません。
どの程度の規模が「過度な集中」に当たるのか(公正取引委員会が示す3つの類型)や、大きな企業グループに課される報告義務、財閥解体の進め方(持株会社整理委員会や過度経済力集中排除法)は、コンツェルンの禁止で条文とあわせて解説しています。

コンツェルンは今も禁止されている?|1947年の禁止から1997年解禁、独禁法9条に残る規制
コンツェルンは今の日本では禁止されていません。GHQの財閥解体を受けて1947年の独占禁止法9条が持株会社を禁じた理由、1997年の解禁、今も残る9条の規制と報告義務、M&Aで焦点になる企業結合審査との違いを、条文と公取委の資料で解説します。
現代の持株会社グループはコンツェルンなのか
1997年の解禁後、純粋持株会社に移る上場企業が相次ぎました(下谷・川本 2019)。たとえばパナソニックは2022年4月、自らを持株会社の「パナソニック ホールディングス」とし、その下に7つの事業会社などを置く体制に移りました(パナソニック 2022年2月24日 プレスリリース)。持株会社が株式を通じて事業会社を束ねる点で、こうしたグループは形のうえではコンツェルンに似ています。
持株会社そのものの仕組みやメリットはホールディングスとはで解説しています。
本家ドイツの Konzern は中立的な「企業グループ」
ドイツでは、Konzern は会社法上の用語として使われています。ドイツ株式法 第18条は、支配企業と1社以上の従属企業が支配企業の統一的な指揮の下にまとめられていれば、それらは Konzern を形成すると定めています。連結財務諸表も Konzernabschluss と呼ばれます(ドイツ商法典 第290条)。
この意味では、親会社と子会社からなる現代の企業グループは広くコンツェルンに当たります。一方、日本語の「コンツェルン」は、戦前の財閥と結びつけて使われることの多い言葉です。現代の持株会社グループを、そのまま戦前の財閥型コンツェルンと同じものとみなすのは言い過ぎです。
戦前の財閥と、いまの持株会社グループの主な違いは次の3点です。
頂点の会社:戦前は同族が支配する財閥本社(三井合名は三井家11名だけが出資していた)。現在の上場持株会社の株式は株式市場で売買され、一般の投資家も株主になる
法規制:戦前は独占禁止法そのものがなかった(1947年制定)。現在は9条(過度な集中)と10条(競争を制限する株式保有)が適用され、一定規模以上は公正取引委員会への報告が必要
旧財閥系企業のつながり:戦後は持株会社ではなく、株式の持ち合いや社長会で結びつく「企業集団」になった。三菱では1952年に各社の社長懇談会が発足し、1954年に「三菱金曜会」と改められた
出典:三井広報委員会「持株会社『三井合名』設立」、独占禁止法(e-Gov法令検索)、三菱グループ「沿革」よりKabuGraph作成
投資家が押さえておきたい3つのポイント
グループは連結決算で見る:持株会社の株主にとって大事なのは、子会社・孫会社まで含めたグループ全体の業績です。どこまでが連結の範囲に入るかは連結子会社・関連会社の違いを参照してください
上場子会社がある場合は利益相反に注意:ピラミッドの途中に上場会社があると、親会社と少数株主の利害がずれることがあります(親子上場とは)
業種をまたぐグループは割安に評価されやすい:事業ごとの価値の合計より株価が低くなるコングロマリット・ディスカウントが起きることがあります

コンツェルンとホールディングスの違い|三井合名など財閥本社と1997年解禁後の持株会社を比較
コンツェルンは持株会社などを頂点にした企業グループの「形」、ホールディングスはその頂点に立つ持株会社という「会社」とその社名です。三井合名など戦前の財閥本社と1997年解禁後の持株会社の違い、投資家が持株会社グループを見るときの注意点まで解説します。
よくある疑問
コンツェルンと財閥は同じもの?
財閥はコンツェルンの日本的な形態です。コンツェルンは企業結合の形を指す言葉で、財閥は、その形をとりながら同族が本社を支配していた戦前日本の企業グループを指します。
コンツェルンとコングロマリットの違いは?
コングロマリットは、相互に関連のない異業種の企業を次々と買収・合併して多角的な経営を行う巨大企業のことで、1960年代のアメリカで数多く見られました(コトバンク「コングロマリット」)。どちらも異業種にまたがる点は共通しますが、コンツェルンは株式の保有で独立した会社を束ねる企業グループの形、コングロマリットは主に買収・合併で多角化した巨大企業を指します。

コングロマリットとコンツェルンの違い|1960年代米国の複合企業と戦前財閥のピラミッド支配で比較
コングロマリットとコンツェルンの違いを一覧と図で解説。異業種を抱える「複合企業」と、持株会社が株式で会社を支配する「企業集団」は着目点が違います。1960年代米国の合併ブームや三井財閥から、メガバンク・総合商社、M&A審査や株価評価との関わりまで整理します。
コンツェルンとホールディングスの違いは?
コンツェルンは企業グループの「形」、ホールディングス(持株会社)はその頂点に立つ「会社」です。持株会社を中心にしたコンツェルンが典型ですが、銀行を中心にしたものや株式の持ち合いによるものもあります。詳しくはコンツェルンとホールディングスの違いをご覧ください。
日本で今もコンツェルンは禁止されている?
禁止されていません。1997年の独占禁止法改正で持株会社は解禁され、現在は事業支配力が過度に集中する会社だけが9条で禁止されています(コンツェルンの禁止)。
まとめ
コンツェルンは、持株会社や銀行などが株式を持つことで、法律上は独立した企業を実質的に支配する企業グループ
カルテル=協定、トラスト=合併、コンツェルン=株式。コンツェルンは異業種にまたがり、傘下の会社は別会社のまま残る
頂点の持株会社から子会社・孫会社へと広がるピラミッド構造で、少ない持分でもグループ全体を支配できる
語源はドイツ語で、第一次世界大戦後のドイツで大きく発達した。日本の三井・三菱・住友・安田などの財閥は日本型のコンツェルンだった
戦後の財閥解体を受け、1947年の独占禁止法で持株会社の設立を禁止。1997年12月17日施行の改正で解禁された
現在の独占禁止法9条が禁じるのは事業支配力の過度な集中で、持株会社グループをつくること自体は認められている
いまの持株会社グループは、形のうえではコンツェルンに似ている。投資家は連結決算でグループ全体を見ること、親子上場の利益相反、コングロマリット・ディスカウントの3点を押さえておきたい
具体的な企業グループはコンツェルンの例、禁止の歴史はコンツェルンの禁止、似た言葉との違いはコングロマリットとコンツェルンの違い・コンツェルンとホールディングスの違いで解説しています。








