KabuGraph

プロスペクト理論とは?|1992年の実験では損失の痛みが利益の2.25倍―価値関数・確率加重関数と投資への応用

Cover Photo

プロスペクト理論(Prospect Theory)は、人が利得と損失を非対称に感じることを明らかにした行動経済学の理論です。1979年にダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーが発表し、カーネマンは2002年にノーベル経済学賞を受賞しました(トベルスキーは1996年に死去しており共同受賞はかなわなかった)。

この理論が示す核心はシンプルです。同じ1万円でも、失ったときの痛みは得たときの喜びの約2倍と言われます(1992年の実験の推定では2.25倍)。株式投資では「利益が出るとすぐ確定し、損失が出ると塩漬けにする」という典型的な失敗パターンとして表れます。この記事では、価値関数と確率加重関数という2つの柱をグラフで視覚的に理解し、投資行動への影響と具体的な対策まで解説します。

プロスペクト理論とは――期待効用理論への挑戦

従来の経済学では「人は合理的に、自分の満足度(効用)が最も高くなる選択肢を選ぶ」と仮定していました(期待効用理論)。この理論でも「リスクを嫌う人」の存在は説明できますが、「利益よりも損失のほうがずっと痛い」という非対称性や、「低い確率を実際以上に大きく感じる」という心理的な歪みは説明できません。現実には、人の意思決定は感情や認知の偏り(バイアス)に大きく左右されます。

カーネマンとトベルスキーは1979年の論文 "Prospect Theory: An Analysis of Decision under Risk"(Econometrica, Vol.47, No.2, pp.263-292)で実験データを示し、「人は最終的な資産額ではなく、参照点(基準)からの増減で損得を感じる」ことを理論にまとめました。

2つの問いで体感する

プロスペクト理論を理解する最も簡単な方法は、以下の2つの問いに直感で答えてみることです。

期待値だけで見れば、どちらの問いでもAとBの差は小さいのに、利得の場面と損失の場面で リスクに対する態度が正反対に変わる。これが「反射効果」と呼ばれる現象であり、プロスペクト理論の出発点です。

柱1:価値関数――損失の痛みは利益の喜びの約2倍

プロスペクト理論の第1の柱が 価値関数(Value Function)です。横軸に客観的な損益額、縦軸に心理的な価値をとったグラフで、3つの特徴を持ちます。

出典:Kahneman & Tversky (1979)、Tversky & Kahneman (1992) の推定値(α=β=0.88、λ=2.25。参加者25人の中央値)よりKabuGraph作成。式は v(x) = x^0.88(x ≥ 0)、−2.25 × (−x)^0.88(x < 0)。目盛りは任意の単位

特徴1:参照点依存性(Reference Dependence)

価値は「最終的な資産額」ではなく、参照点(基準となる状態)からの変化で評価されます。株式投資では「買値」が参照点になりやすく、買値からいくら上がったか・下がったかで喜びや苦痛の大きさが決まるのです。同じ株価1,200円でも、1,000円で買った人は+200円の利益に喜び、1,500円で買った人は−300円の損失に苦しみます。

特徴2:感応度逓減性(Diminishing Sensitivity)

利得も損失も、金額が大きくなるほど 1円あたりの感じ方が鈍くなります。10万円の含み益が20万円に増えたときの喜びと、100万円が110万円に増えたときの喜びでは、同じ10万円の増加でも前者のほうが大きく感じます。グラフでは利得側が凹型(上に凸)、損失側が凸型(下に凸)の曲線で表現されます。

特徴3:損失回避性(Loss Aversion)

グラフで最も目を引くのは、損失側の傾きが利得側より急であることです。1992年の実験では、この差を表す損失回避係数λ(ラムダ)が、参加者25人の中央値で 2.25 と推定されました。1万円を失う痛みは、1万円を得る喜びの2倍強ということです。

ただし、2.25は大学院生25人を対象にした1つの実験での値です。その後の150本の論文をまとめた分析(Brown ほか, 2024)では平均が約2倍(1.96)と出ており、人や状況による差も大きいことが分かっています。「損失は利益のおよそ2倍重く感じる」と覚えておけば十分です。

数式で表すと以下のようになります。

1992年の改訂論文(累積プロスペクト理論)でトベルスキーとカーネマンが推定したパラメータの中央値は α = β = 0.88、λ = 2.25 です(Tversky & Kahneman, 1992, "Advances in Prospect Theory," Journal of Risk and Uncertainty, Vol.5, pp.297-323)。厳密には、確率分布全体を考慮して理論を発展させた「累積プロスペクト理論(Cumulative Prospect Theory)」に基づく推定値です。αとβが1未満であることが感応度逓減を、λが1より大きいことが損失回避を表しています。

柱2:確率加重関数――低確率を過大評価し、高確率を過小評価する

プロスペクト理論のもう1つの柱が 確率加重関数(Probability Weighting Function)です。人は確率をそのままの数値で受け取らず、心理的に歪めて判断します。

確率加重関数:客観的な確率と、人が感じる重み

出典:Tversky & Kahneman (1992) の推定値(利益の場面γ=0.61、損失の場面δ=0.69。いずれも参加者の中央値)よりKabuGraph算出。式は w(p) = p^γ ÷ (p^γ + (1−p)^γ)^(1/γ)(損失の場面はγをδに置き換え)。横軸は客観的な確率、縦軸は判断のときに感じる重み

グラフの読み方はシンプルです。灰色の直線(確率そのまま)より上にあれば「実際より高く感じている」、下にあれば「実際より低く感じている」ことを表します。紫が利益の場面、赤が損失の場面です。

1992年の実験の推定では、利益の場面で5%の確率は約13%の重みに膨らむ一方、50%は約42%、90%は約71%にしか感じられません。過大評価と過小評価が入れ替わるのは、確率が3〜4割のあたりです(利益の場面で約34%、損失の場面で約38%)。

確率の範囲

心理的な傾向

具体例

低確率(〜35%)

実際より高く感じる(過大評価)

宝くじの購入、テンバガー銘柄への集中投資、保険の加入

中〜高確率(35%〜)

実際より低く感じる(過小評価)

ほぼ確実な利益でも「外れたら」が気になり、確実な小さな利益に飛びつく/起きる可能性の高い損失を軽く見て、損切りを先送りする

出典:Kahneman & Tversky (1979), Tversky & Kahneman (1992) よりKabuGraph作成

ジャンボ宝くじの1等が当たる確率は1,000万分の1(年末ジャンボは2,000万分の1)ほどですが、「もしかしたら当たるかも」と多くの人が購入します。逆に「90%の確率で利益が出る投資」と言われても、残り10%の損失リスクを実際より大きく感じて尻込みします。

株式投資に現れる3つのバイアス

プロスペクト理論が投資家の行動にどう影響するかを、具体的な場面で見ていきます。

出典:Kahneman & Tversky (1979)、Shefrin & Statman (1985) よりKabuGraph作成

バイアス1:利益確定が早すぎる

買値1,000円の株が1,200円に上がったとき、多くの投資家は「この200円の利益を確保したい」と感じて売却してしまいます。プロスペクト理論では、利益が出ている場面の人はリスクを避けたがるため、「もっと上がるかもしれないが、下がるかもしれない」状態より、目の前の確実な利益を選びやすいのです。

さらに感応度逓減性により、+200円が+300円に増えても追加の喜びは小さくなるため、「もう十分」と早めに手を打ちやすくなります。結果として、大きく伸びる銘柄の上昇局面を取り逃がします。

バイアス2:損切りできない(塩漬け)

逆に含み損が出ると、「売って損失を確定させる」行為の心理的苦痛が大きく、「いつか戻るはず」と根拠なく保有を続けることになります。損失の場面ではリスク追求的になるというプロスペクト理論の予測どおりです。

さらに損失が膨らむと感応度逓減により「−30万円も−40万円も同じくらい痛い」と感覚が麻痺し、追加の損失に鈍感になります。これが「塩漬け」が長期化するメカニズムです。

ここには保有効果(Endowment Effect)も重なります。人は自分が持っているものを客観的な市場価値より高く評価する傾向があり、「この株は自分が選んだのだから価値があるはずだ」という愛着が損切りをさらに遅らせます。

バイアス1と2の「利益は早く確定し、損は持ち続ける」傾向を、まとめてディスポジション効果(処分効果)と呼びます(Shefrin & Statman, 1985)。米国の個人投資家約1万口座の売買記録でも確かめられ、売った値上がり株のほうが、持ち続けた値下がり株よりその後もよく上がっていました(Odean, 1998)。

バイアス3:敗者復活のギャンブル

大きな損失を出した投資家は、それを一発で取り戻そうと 低確率・高リターンの銘柄やレバレッジ取引に手を出しやすくなります。確率加重関数により低確率の大勝ちを過大評価するうえ、損失の場面でリスク追求的になる性質が重なるためです。信用取引で追証が発生し、損失がさらに拡大するケースは珍しくありません。

関連する心理効果――フレーミング効果とサンクコスト

プロスペクト理論と密接に関連する心理効果を2つ紹介します。

フレーミング効果

同じ内容でも「どう表現されるか(フレーム)」で判断が変わる現象です。プロスペクト理論では、参照点の設定次第で同じ結果が「利得」にも「損失」にもなるため、情報の提示方法が投資判断に大きく影響します。

  • 「この投資信託は過去10年のうち8年はプラスでした」→ 安心できる

  • 「この投資信託は過去10年のうち2年はマイナスでした」→ 不安になる

どちらも同じ事実を言い換えただけですが、利得に目を向けさせるか、損失に目を向けさせるかで印象が大きく変わります。

サンクコスト効果(埋没費用効果)

すでに支払ったコスト(取り戻せない費用)に引きずられて、合理的には撤退すべき場面で追加投資を続けてしまう現象です。「ここまで損したんだから、もう少し粘れば…」という心理は、損失回避性とサンクコスト効果が二重に作用しています。

含み損を抱えた銘柄に対して「買値まで戻ったら売ろう」と考えるのは、サンクコスト(すでに生じた含み損)を取り戻そうとする心理であり、その銘柄の今後の見通しに基づいた判断ではありません。

バイアスを克服する5つの実践的対策

プロスペクト理論が示すバイアスは人間の本能に根ざしているため、「気をつける」だけでは矯正できません。仕組みで対処することが重要です。

対策1:売買ルールを事前に決める

「買値から−10%で損切り」「目標株価に達したら利確」といったルールを、購入前に書き出しておく。含み損・含み益が出てから判断すると、感情が介入して冷静な判断ができません。ルールは購入時の投資メモ(銘柄・理由・目標・撤退条件)として記録しておきましょう。

対策2:逆指値注文で自動化する

ルールを決めても、いざ損切りの場面では感情が邪魔をします。逆指値(ストップロス)注文を購入と同時に入れておけば、自分の感情に関係なく自動で損切りが実行されます。「損失を確定したくない」という心理が発動する前に、仕組みが先に動く設計です。

ただし、ストップ安(1日に下がれる下限の値段)に張り付いた日などは逆指値でも売れないことがあり、注文には有効期限(SBI証券は最長15営業日など)もあります。詳しくは損切りの記事で解説しています。

対策3:ポジションサイズを小さくする

1銘柄に資金を集中すると、含み損・含み益の絶対額が大きくなり、感情の振れ幅も大きくなります。1銘柄あたりの投資額を総資金の5〜10%以内に抑えることで、個別銘柄の値動きに対する心理的反応を和らげることができます。

対策4:定期的にポートフォリオを見直す

個別銘柄の含み損益ではなく、ポートフォリオ全体のリターンで評価する習慣をつけましょう。参照点を「個別の買値」から「ポートフォリオ全体の成長」に移すことで、1銘柄の含み損に過剰反応しにくくなります。月に1回程度、資産配分の偏りを点検し、当初の計画からずれていればリバランスを行います。

対策5:投資日記をつける

売買の理由と、そのときの感情を記録します。「怖いから売った」「悔しいから買い増した」と書き残すことで、自分の行動パターンを客観視できます。後から振り返ると、感情に従った判断がどのような結果につながったかが見え、次回の意思決定の質が上がります。

バイアス

投資での症状

対策

損失回避性

損切りできず塩漬け

逆指値で自動損切り

感応度逓減

利確が早すぎる

目標株価を事前に設定

確率の過大評価

一発逆転狙いの集中投資

ポジションサイズの制限

参照点依存

買値にこだわる

ポートフォリオ全体で評価

KabuGraph作成

プロスペクト理論と期待効用理論の違い

プロスペクト理論がなぜ画期的だったのか、従来の期待効用理論との違いを整理します。

期待効用理論

プロスペクト理論

人間像

完全に合理的(ホモ・エコノミクス)

認知バイアスを持つ現実の人間

価値の基準

最終的な資産の絶対額

参照点からの変化(利得・損失)

確率の扱い

客観的確率をそのまま使用

確率加重関数で心理的に変換

利得と損失

対称的に評価

非対称(損失の痛みが約2倍)

リスク態度

効用関数の形しだい(ふつうはリスク回避的と仮定)

利得ではリスク回避、損失ではリスク追求

KabuGraph作成

期待効用理論は「人はこう判断すべきだ」という規範的な理論であり、プロスペクト理論は「人は実際にこう判断する」という記述的な理論です。投資家が自分の判断を改善するには、「あるべき姿」と「実際の行動」のギャップを知ることが出発点になります。

まとめ

プロスペクト理論の要点を振り返ります。

  • 価値関数:人は参照点からの変化で価値を判断し、損失の痛みは利得の喜びの約2倍(1992年の実験の推定では2.25倍)

  • 確率加重関数:低確率は過大評価され(宝くじ効果)、高確率は過小評価される(ほぼ確実な利益は割り引いて感じ、起きそうな損失は軽く見る)

  • 投資への影響:利益確定が早すぎ・損切りが遅すぎの「利小損大」パターンを生む

  • 対策:感情ではなく仕組み(逆指値・事前ルール・ポジションサイズ制限)で判断する

プロスペクト理論を知ったからといって、バイアスがなくなるわけではありません。しかし「自分がいま損失回避で判断を歪めていないか」と立ち止まれることが、冷静な投資判断への第一歩です。

損切りの具体的なルールの作り方や逆指値の使い方は、以下の記事で詳しく解説しています。

ロスカット(損切り)とは|プロスペクト理論が邪魔をする「損失確定」の技術
あわせて読みたいRELATED POST

ロスカット(損切り)とは|プロスペクト理論が邪魔をする「損失確定」の技術

ロスカット(損切り)の意味・目安・ルールの作り方をわかりやすく解説。損切りできない心理的原因(プロスペクト理論)から、逆指値を使った自動化、信用取引の強制決済・FXの強制ロスカットまで網羅。

コラム著者・編集者

K

KabuGraph編集部

KabuGraph編集部は、投資情報の発信と株式分析ツールの開発に携わるチームです。日本株・米国株の事業分析から、投資に役立つ情報をわかりやすくお届けします。

関連記事