ROICとROEの違い|レバレッジが生む乖離と使い分けの判断基準

ROICとROEはどちらも「資本に対するリターン」を測る指標ですが、分母に含める資本の範囲が異なるため、同じ企業でも数値が大きく乖離することがあります。
その乖離を生む最大の要因が財務レバレッジ(負債の活用度合い)です。ROEは、借入で自社株を買ったり事業を広げたりして自己資本比率を下げると、本業の利益率が同じでも上がりますが、ROICはそうした操作では動きません。この記事では、両指標の計算式の違いからレバレッジが生む乖離のメカニズム、投資家としての使い分け基準までを解説します。
この記事の内容(目次)
計算式の比較:分母と分子の違い
ROICとROEの最も本質的な違いは、分母に「株主のお金」を置くか、「事業に使っているお金」を置くかにあります。
ROEの計算式
ROEは株主の持ち分(自己資本)に対して、最終的な当期純利益がどれだけ生まれたかを示します。分母は株主の持ち分だけで、銀行からの借入金は含みません。
自己資本は、純資産から子会社の少数株主の持ち分(非支配株主持分)などを除いたものです。決算短信のROEは自己資本の期首と期末の平均で割りますが、この記事の業種別の値と銘柄例は、比べやすさを優先して期末の純資産で割っています(銘柄ページと同じ計算)。
ROICの計算式
ROICは事業に使っている資産(投下資本)に対して、本業から生まれた税引後営業利益(NOPAT)がどれだけ生まれたかを示します。投下資本は次の2つの合計で、手元の現預金や投資有価証券のように事業に使っていない資産は含めません。
運転資本:売掛金や在庫など商売を回すために寝かせているお金から、買掛金(仕入先への未払い)を差し引いたもの
固定資産:工場・設備・ソフトウェアなど、事業に使う有形・無形の資産
この事業の資産は、株主と銀行などの債権者の両方から集めたお金でまかなわれています。ROICは、資金の出し手全員のお金が事業の中でどれだけ稼いでいるかを測る指標です。ROIC経営で知られるオムロンも、投下資本を「運転資金+固定資産」で測っています(出典:オムロン「オムロンにおける統合的経営の実践について」(2017年11月、金融庁・東証のフォローアップ会議資料))。
投下資本を、お金の出どころの側から「有利子負債+自己資本(または株主資本)」で計算する方法もあり、データサイトではこちらがよく使われます(ザイマニ「ROIC」の集計では、金融業を除く上場3,645社の中央値が5.8%、2025年)。この方法では事業に使っていない現預金まで分母に入るため、現金を多く持つ会社ほどROICが低く出ます。この記事のROICは「運転資本+固定資産」で計算します。
ROICとROEの違い一覧
両指標の違いを一覧表で整理します。
比較項目 | ROE | ROIC |
|---|---|---|
正式名称 | Return on Equity(自己資本利益率) | Return on Invested Capital(投下資本利益率) |
分子 | 当期純利益 | NOPAT(税引後営業利益) |
分母 | 自己資本(株主の持ち分) | 投下資本(運転資本+固定資産) |
視点 | 株主のリターン | 資金の出し手全員へのリターン |
レバレッジの影響 | 大きく受ける | 受けない |
一般的な目安 | 8%以上(伊藤レポートが示した最低ライン) | WACC超え(WACC自体が業種と金利の水準で変わる) |
操作のしやすさ | 自社株買いや借入で嵩上げできる(借入は金利より高く運用できる場合) | 借入・自社株買いでは動かない(在庫や設備を絞れば上がる) |
主な利用者 | 株主・株式投資家 | 経営者・事業部門責任者 |
レバレッジがROEだけを押し上げるメカニズム
ROEはデュポン分析で3つの要素に分解できます。
3つ目の「財務レバレッジ」は総資産 ÷ 自己資本で計算されるため、借入金で資産を増やす(借入の金利より高い利益率で運用できる場合)か、自社株買いで自己資本を減らせば、本業の収益力が変わらなくてもROEは上昇します(出典:大和ネクスト銀行コラム「高ROE企業が優良とは限らないワケ」)。
数値例で確認する
同じROE 10%でも、中身は全く異なる場合があります。
A社(健全型) | B社(レバレッジ型) | |
|---|---|---|
売上高利益率 | 10% | 5% |
総資産回転率 | 0.5回 | 0.5回 |
財務レバレッジ | 2.0倍(自己資本比率50%) | 4.0倍(自己資本比率25%) |
ROE | 10% | 10% |
ROIC | 約6.8%(高い) | 約4.1%(低い) |
A社は利益率が高いためにROEが10%に達しています。B社は利益率が半分しかないのに、借入金で自己資本比率を下げることでROE 10%を達成しています。ROEだけ見れば両社は同等ですが、ROICで比べるとA社は約6.8%、B社は約4.1%で、A社の資本効率はB社の1.7倍ほどあります。
表のROICは、次のように計算しています。
投下資本:総資産2,000億円から、買掛金など利息のかからない負債400億円を引いた1,600億円(両社同じ。余った現預金は無いと置いたので、運転資本+固定資産と一致します)
NOPAT:純利益に、借入の支払利息(税引後)を足し戻した本業の利益。A社は100億円+8.4億円=108.4億円、B社は50億円+15.4億円=65.4億円
ROAとの違い:純利益を総資産で割るROAは、A社5%・B社2.5%。ROICは分母から利息のかからない負債を除き、分子に支払利息を足し戻すので、借入の多いB社ほどROAとの差が大きくなります
ROICの分母は事業に使っている資産なので、借入や手元の現金で自社株を買っても、借りたお金を手元に置いても、数値は動きません。上げるには、本業の利益を増やすか、在庫や設備を減らして同じ利益を少ない資産で稼ぐしかありません。これがROICは「操作しにくい」と言われる理由です。オムロンのCFO(当時)を取材した記事も、ROEは「借金を重ねて財務レバレッジを高めれば数値が上がる」のに対し、ROICではそうした嵩上げが効かないと説明しています(出典:ダイヤモンド・オンライン「オムロンCFOが解説!新KPIが現場に根付く『ROIC逆ツリー&翻訳式』の真髄」)。
高ROE×低ROIC:レバレッジの落とし穴
ROEが高くてもROICが低い企業は、レバレッジでROEを嵩上げしている可能性があります。
典型パターン
不動産業:物件取得に多額の借入金を使うため自己資本比率が低くなりやすい。不動産業のROE中央値は10.5%と全業種(7.8%)より高い一方、総資産に対する利益率(ROA)の中央値は3.7%と全体(4.1%)を下回る
金融業:預金(負債)を元手に貸付を行うため、自己資本比率は構造的に低く、ROEの水準の多くをレバレッジが生んでいる。銀行業はROA中央値0.28%に対しROE中央値は5.6%(ROE自体は全業種の7.8%より低い)、三菱UFJはROA 0.56%に対しROE 10.2%(純資産÷総資産は5.5%)
自社株買い多用企業:自社株買いで自己資本を圧縮しROEを高めているが、事業そのものの資本効率は変わっていないケース
不動産業・銀行業の中央値と三菱UFJの数値は、各社の決算短信(直近通期)よりKabuGraph算出(上場3,711社、2026年9月11日時点。ROE=当期純利益÷期末純資産、ROA=当期純利益÷期末総資産)。三菱UFJが決算短信で開示するROE(自己資本の期首・期末平均で計算)は11.3%、自己資本比率は5.2%です。この5.2%や上の5.5%は、ニュースで見る銀行規制上の自己資本比率(三菱UFJの総自己資本比率は2026年3月末で16.85%)とは別の数字です。
チャートで見るレバレッジの影響
以下のチャートは、総資産を変えずに自己資本を借入金に置き換えていった(借入で自社株を買った)場合に、ROEとROICがどう動くかを示したイメージです。売上高利益率5%・総資産回転率0.5回を一定とし、借入に伴う支払利息は無視した単純化です。
自己資本比率とROE・ROICの関係(シミュレーション)
ROICが横ばいなのに対し、ROEは自己資本比率が下がるほど急激に上昇しています。これがレバレッジの増幅効果です。実際には借入が増えるほど支払利息が純利益を削るため、ROEの上昇はここまで急ではありません。また裏を返せば、業績が悪化した時はROEが急落するリスクも高まります。
高ROIC×低ROE:無借金経営の「損」
逆のパターンもあります。本業の収益力は高い(ROIC高水準)のに、自己資本比率が非常に高いためにROEが見かけ上低く出る企業です。
典型パターン
無借金・高自己資本比率のBtoB製造業:SMC(自己資本比率91%、ROE 7.9%、ROIC 9.9%、2026年3月期)、マキタ(85%、7.9%、10.0%、2026年3月期)、マブチモーター(90%、7.9%、9.4%、2025年12月期)は、営業利益率が2桁でROICも10%前後あるのに、ROEは8%に届かない
現金を貯め込んだ成熟企業:設備投資が少なく現金が積み上がり、自己資本比率が年々上がってROEが低下していく。ROEでスクリーニングすると見落とされやすい
3社の数値は各社の決算短信(直近通期)よりKabuGraph算出。自己資本比率=純資産÷総資産、ROE=当期純利益÷期末純資産、ROIC=営業利益×(1−30%)÷期末の投下資本(売上債権+棚卸資産−仕入債務+有形・無形固定資産)。
こうした企業はROEだけでは「資本効率が低い企業」に分類されてしまいますが、ROICで見れば本業の収益力が優れていることが分かります。余剰資金を配当・自社株買い・成長投資に回せばROEも改善する余地があり、株主還元強化の「伸びしろ」とも解釈できます。
注意点として、データサイトでよく見る「有利子負債+自己資本」で計算したROICでは、こうした企業はむしろROEより低く出ます(SMC 6.3%、マブチモーター 5.3%)。事業に使っていない現預金や投資有価証券まで分母に入る一方、そこから生まれる受取利息などはNOPATに入らないためです。ROICを見比べるときは、どちらの計算の数字かを確かめましょう。
ROIC > WACCの意味:企業価値を生むかどうか
ROICはWACC(加重平均資本コスト)と比較して使うのが基本です。
条件 | 意味 | 企業価値への影響 |
|---|---|---|
ROIC > WACC | 資本コストを上回るリターンを生んでいる | 企業価値を創造 |
ROIC = WACC | 資本コストと同等のリターン | 価値は増えも減りもしない |
ROIC < WACC | 資本コストを下回るリターンしか出ていない | 企業価値を毀損 |
比べる相手は指標ごとに決まっています。ROEは株主が求めるリターン(株主資本コスト)と、ROICは株主と債権者の両方が求めるリターンの加重平均(WACC)と比べます。伊藤レポート(2014年)がROEの目安に掲げた8%も、資本コストそのものではありません。グローバルな投資家が日本企業に期待する資本コストは平均7%超という調査をもとに、「8%を超えれば約9割の投資家の資本コストを上回る」最低ラインとして示されたものです(伊藤レポートとはで解説)。この調査は長期金利が1%前後だった2012年のもので、金利が上がった今は株主資本コストも当時より高くなっています。
WACCは企業ごと・業種ごとに異なるため、ROICは絶対値よりもWACCとの差(EVAスプレッド)で評価します(出典:ザイマニ「EVAスプレッド」)。ROICの強みは、会社全体だけでなく事業ごとにも資本コストと比べられる点にあります。
ROIC経営の実例:オムロンはなぜROEではなくROICを選んだか
ROICを経営管理に活用する日本企業の代表例がオムロンです。2012年からROIC経営を本格化し、2014年にはROICを事業部門・現場のKPIまで分解する「ROIC逆ツリー」を作りました(出典:パソナJOBHUB セミナーレポート・ダイヤモンド・オンライン)。
逆ツリーの構造(ROS×投下資本回転率をどう現場の指標に翻訳するか)は「ROIC(投下資本利益率)とは」で図解しています。同社の元執行役員はセミナーで、ROIC経営によって10年間で企業価値を約4倍に高めたと説明しています(出典:パソナJOBHUB セミナーレポート)。ここでは、なぜROEではなくROICだったのかに絞ります。
なぜROEではなくROICか
経営管理にROEではなくROICが適している理由は、ROICが事業部単位で計算できる点にあります。ROEの分母(自己資本)は全社の数値であり、事業部やプロジェクト単位に分解できません。一方、ROICの分母(運転資本+固定資産)は売掛金・在庫・設備など事業ごとに分けられる資産なので、「この事業は資本コストに見合うリターンを生んでいるか?」を事業単位で判断できます。
投資家はROICとROEをどう使い分けるか
結論として、ROEとROICは「どちらが優れている」ではなく、見ている角度が違います。以下の使い分けが実用的です。
ROEを重視すべき場面
株主リターンを最優先に考える場面:配当・株価上昇を重視するなら、ROEの水準と推移が最も直接的な指標
同業他社との横比較:資本構成が似ている同業種間であれば、ROEでの比較も有効
PBRとの関連分析:PBR 1倍割れ問題を考える際、成長ゼロの単純化ではPBR≒ROE÷株主資本コストとなるため、ROEが起点になる
ROICを重視すべき場面
資本構成が異なる企業を比較する場面:不動産と製造業、無借金の会社と借入の多い会社のように、レバレッジ水準が大きく異なる企業を比べるなら、ROICの方が公平な比較ができる(銀行などの金融業は除く)
事業の本質的な収益力を見たい場面:特別損益や資本政策の影響を排除して、本業がどれだけ稼いでいるかを評価したいとき
M&A・事業撤退の判断:事業ごとにROICを計算しWACCと比較することで、「この事業は資本コストに見合っているか」を判定できる
業種別の使い分け目安
業種カテゴリ | ROEの特性 | ROICの特性 | 推奨 |
|---|---|---|---|
金融(銀行・保険) | レバレッジが構造的に高い | 預金が事業の元手そのもので計算しにくい | ROE中心(ROA・規制上の自己資本比率を併用) |
不動産 | 借入依存でROE嵩上げの可能性 | 資産効率の実態を反映 | ROIC併用 |
製造業 | 設備投資が大きく変動 | 投下資本の効率を直接計測 | ROIC中心 |
IT・サービス | 資産が軽く両指標とも高め(情報・通信業のROE中央値11.1%) | 余剰現金の扱いで水準が変わる | ROIC併用 |
商社 | 多角化で全社ROEは平均化 | 事業別のROIC比較が有効 | ROIC中心 |
まとめ:両指標を組み合わせて判断する
ROEは「株主目線のリターン」、ROICは「事業全体の資本効率」を測る指標です。どちらか一方だけでは企業の資本効率を正しく評価できません。
ROEが高くROICも高い → 本業の収益力が高く、株主リターンも優れている。最も望ましい状態
ROEが高くROICが低い → レバレッジで嵩上げされた可能性。財務健全性を要確認
ROEが低くROICが高い → 稼ぐ力はあるが資本配分に改善余地。還元強化の伸びしろ
ROEが低くROICも低い → 本業の収益力自体に課題あり。構造的な改善が必要
両指標を2×2のマトリクスで整理すると、企業の資本効率の「質」が見えてきます。投資判断の際は、ROEの水準だけでなく、必ずROICと併せて確認することをおすすめします。

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