DCF法とは|計算式・5ステップの手順と具体例でわかる企業価値評価の基本

DCF法(Discounted Cash Flow法・割引キャッシュフロー法)は、企業が将来生み出すフリーキャッシュフロー(FCF)を現在価値に割り引いて合計し、企業の本質的な価値を算出する評価手法です。M&Aの買収価格算定や株式のバリュエーションで最も広く使われています。
本記事では、DCF法の基本的な考え方から、FCF・WACC・ターミナルバリューの求め方、架空企業を使った通しの計算例、さらに感度分析による結果の検証方法まで、個人投資家がバリュエーションの基礎を身につけるのに十分な水準で解説します。
この記事の内容(目次)
DCF法とは ― 「将来のお金」を「今の価値」に換算する手法
DCF法の根底にあるのは「今日の100万円と1年後の100万円は同じ価値ではない」という考え方です。これを「貨幣の時間価値(Time Value of Money)」と呼びます。
たとえば、今日の100万円を年利5%で運用すれば1年後には105万円になります。裏を返せば、1年後の105万円の「今の価値」は100万円です。この「将来のキャッシュフローを今の金額に換算する」操作を割引(ディスカウント)と呼び、換算後の金額を現在価値(Present Value, PV)と呼びます。
ここで FV は将来価値、r は割引率、n は年数です。DCF法はこの現在価値の計算を、企業が毎年生み出すフリーキャッシュフローすべてに適用して合計します。
DCF法が評価するのは「事業価値」
DCF法はあくまで事業活動が生み出すキャッシュフローから事業価値を算出する手法です。企業価値(EV)を求めるには非事業用資産(余剰現金や遊休不動産など)を加算し、株主価値を求めるにはそこから有利子負債を差し引きます。なお、帳簿上の現預金すべてが非事業用資産になるわけではなく、日々の事業運営に必要な最低限のキャッシュ(事業用現金)は事業価値に含まれます。加算するのはあくまで「余剰な現金」です。実務では有利子負債から余剰現金を差し引いた純有利子負債(ネットデット)を使うことも多く、計算結果は同じですが他の文献で見かけた際の参考にしてください。
DCF法が使われる場面
M&Aの買収価格算定 ― 買い手が「この企業にいくらまで払えるか」を判断する基礎
株式のバリュエーション ― 理論株価を算出し、市場株価と比較して割安・割高を判断する
投資プロジェクトの意思決定 ― 設備投資や新規事業の採算性をNPV(正味現在価値)で評価する
不動産の収益還元法 ― 賃料収入を割り引いて不動産価値を評価する(同じ原理の応用)
DCF法の計算に必要な3つの要素
DCF法の計算に必要な要素は、大きく分けて3つです。
① フリーキャッシュフロー(FCF)
FCFは「企業が事業活動で稼いだ現金のうち、債権者と株主に自由に分配できる金額」です。会計上の利益ではなく、実際に手元に残るキャッシュに注目する点がポイントです。
ここで NOPAT(税引後営業利益)は次の式で計算します。
② 割引率(WACC)
割引率にはWACC(加重平均資本コスト)を使うのが一般的です。WACCは株主と債権者が要求するリターン(資本コスト)を、資本構成の比率で加重平均したものです。
記号 | 意味 | 概要 |
|---|---|---|
E | 株主資本の時価 | 時価総額で近似 |
D | 有利子負債の時価 | 簿価で近似することが多い |
rₑ | 株主資本コスト | CAPM(資本資産価格モデル)で算出 |
rᵈ | 負債コスト | 借入金利の加重平均 |
T | 実効税率 | 法人税等の実効税率(約30%) |
WACCの詳しい計算方法やCAPMによる株主資本コストの求め方については、以下の記事で詳しく解説しています。

WACC(加重平均資本コスト)とは|計算式・CAPMの使い方・ROIC≧WACCの判定を図解
WACC(加重平均資本コスト)の計算式をCAPMモデルから順を追って解説。株主資本コスト・負債コスト・実効税率の求め方、ROIC≧WACCで測る価値創造の判定基準、業種別の目安まで、個人投資家が使える水準でわかります。
③ ターミナルバリュー(継続価値)
ターミナルバリュー(TV)は、FCF予測期間以降に企業が生み出す価値をまとめて見積もるものです。一般的にDCF法による企業価値の60〜80%をターミナルバリューが占めるため、その算出方法は非常に重要です。
主に2つの計算方法があります。
方法A: 永久成長率モデル(ゴードン成長モデル)
予測期間最終年のFCFが永久に一定率で成長すると仮定します。
ここで g は永久成長率です。日本企業では0〜1%が一般的です(名目GDP成長率が上限の目安)。
方法B: EBITDAマルチプル法(エグジット・マルチプル法)
予測期間最終年のEBITDAに、類似企業のEV/EBITDAマルチプルを掛けて算出します。
DCF法の計算手順 ― 5ステップで企業価値を求める
DCF法による企業価値の算出手順を5つのステップに分けて解説します。
ステップ1: フリーキャッシュフロー(FCF)を予測する
事業計画や過去の実績をもとに、向こう3〜5年間のFCFを年ごとに予測します。
売上高を予測 ― 過去の成長率・会社予想・市場動向をもとに将来の売上を見積もる
営業利益・NOPATを計算 ― 営業利益率の前提を置き、実効税率を掛けてNOPATを算出
減価償却費・設備投資・運転資本の変動を見積もる ― 過去の対売上高比率を参考に設定
FCFを算出 ― NOPAT + 減価償却費 − 設備投資 − 運転資本増加額
ステップ2: 割引率(WACC)を算定する
CAPMで株主資本コストを求め、負債コスト(借入金利)と組み合わせてWACCを計算します。日本企業の場合、WACCは5〜10%程度が一般的な水準です(業種やリスクにより変動)。
ステップ3: 各年のFCFを現在価値に割り引く
各年のFCFをWACCで割り引いて現在価値を求めます。
ステップ4: ターミナルバリューを算出して割り引く
予測期間の最終年以降の価値を永久成長率モデルなどで算出し、それを現在価値に割り引きます。
ステップ5: 企業価値・株主価値を算出する
FCFの現在価値合計とターミナルバリューの現在価値を足し合わせて事業価値を求め、そこから企業価値・株主価値を導きます。
計算例 ― 架空のA社でDCF法を実践する
実際に数字を入れて計算してみましょう。架空の製造業「A社」を使って、5ステップを通しで実践します。
A社の前提条件
項目 | 値 |
|---|---|
直近の売上高 | 100億円 |
売上成長率 | 年5% |
営業利益率 | 15% |
実効税率 | 30% |
減価償却費 | 売上高の3% |
設備投資 | 売上高の4% |
運転資本増加 | 売上増加額の10% |
WACC | 8% |
永久成長率 | 1% |
非事業用資産 | 10億円 |
有利子負債 | 30億円 |
発行済株式数 | 100万株 |
ステップ1・3: FCFの予測と現在価値への割引
前提条件をもとに、5年間のFCFを算出し、WACC 8%で各年の現在価値を求めます。
項目 | 1年目 | 2年目 | 3年目 | 4年目 | 5年目 |
|---|---|---|---|---|---|
売上高 | 105.0 | 110.3 | 115.8 | 121.6 | 127.6 |
営業利益 | 15.8 | 16.5 | 17.4 | 18.2 | 19.1 |
NOPAT | 11.0 | 11.6 | 12.2 | 12.8 | 13.4 |
+ 減価償却費 | 3.1 | 3.3 | 3.5 | 3.6 | 3.8 |
− 設備投資 | 4.2 | 4.4 | 4.6 | 4.9 | 5.1 |
− 運転資本増加 | 0.5 | 0.5 | 0.6 | 0.6 | 0.6 |
FCF | 9.5 | 9.9 | 10.4 | 11.0 | 11.5 |
割引係数 | 0.926 | 0.857 | 0.794 | 0.735 | 0.681 |
FCFの現在価値 | 8.8 | 8.5 | 8.3 | 8.1 | 7.8 |
FCFの現在価値合計 = 8.8 + 8.5 + 8.3 + 8.1 + 7.8 = 41.5億円
ステップ4: ターミナルバリューの算出
5年目のFCF(精算値11.52億円)を使い、永久成長率1%で計算します。
これを5年目の現在価値に割り引きます。
ステップ5: 企業価値・理論株価の算出
項目 | 金額(億円) |
|---|---|
FCFの現在価値合計(1〜5年目) | 41.5 |
ターミナルバリューの現在価値 | 113.1 |
事業価値 | 154.6 |
+ 非事業用資産 | 10.0 |
企業価値(EV) | 164.6 |
− 有利子負債 | 30.0 |
株主価値 | 134.6 |
株主価値134.6億円を発行済株式数100万株で割ると、理論株価は約13,460円と算出されます。
感度分析 ― 前提条件の変化が企業価値に与える影響
感度分析(Sensitivity Analysis)とは、WACCや永久成長率などの前提条件を変化させて、企業価値がどれだけ振れるかを確認する手法です。DCF法は前提次第で結果が大きく変わるため、単一の「正解」を出す道具ではなく、妥当な範囲を見定める道具として使うのが正しい使い方です。
先ほどのA社の計算例で、WACCと永久成長率を変動させたときの理論株価の変化を見てみましょう。
WACC \ 永久成長率 | 0.0% | 0.5% | 1.0% | 1.5% | 2.0% |
|---|---|---|---|---|---|
6% | 16,730 | 18,110 | 19,770 | 21,800 | 24,330 |
7% | 14,000 | 14,960 | 16,090 | 17,420 | 19,020 |
8% | 11,950 | 12,650 | 13,460 | 14,390 | 15,480 |
9% | 10,360 | 10,890 | 11,490 | 12,170 | 12,950 |
10% | 9,080 | 9,500 | 9,960 | 10,470 | 11,050 |
ベースケース(WACC 8%、永久成長率1%)の理論株価は13,460円ですが、WACCを6%にすると19,770円、10%にすると9,960円と、約2倍の差が開きます。DCF法の結果は「前提条件ありきの参考値」であって、絶対的な答えではないことがよくわかります。
WACCと永久成長率の変動による理論株価の感度(A社の例)
DCF法のメリットと限界
メリット
企業固有の価値を評価できる ― 市場のセンチメントや類似企業の株価に左右されず、事業の本質的な収益力から価値を算出する
将来性を反映できる ― 成長企業や事業転換中の企業など、過去の実績だけでは評価しきれない企業にも適用可能
理論的整合性が高い ― ファイナンス理論に基づいており、M&Aの実務や学術研究で広く認められている
前提条件が明示的 ― 成長率・割引率・利益率などの前提がすべて数値で示されるため、第三者が検証・議論しやすい
限界・デメリット
前提条件への依存度が高い ― 売上成長率、利益率、WACCの前提をわずかに変えるだけで結果が大きく変動する(前述の感度分析の通り)
ターミナルバリューの比重が大きい ― 企業価値の6〜8割を占めるターミナルバリューは、永久成長率ひとつで数十%変動する。5年先の予測でさえ不確実なのに、その先の永久を前提に置く矛盾を内包している
赤字・変動の大きい企業への適用が困難 ― FCFがマイナスの企業やキャッシュフローが不安定な企業では、予測の信頼性が著しく低下する
恣意的な結論を導きやすい ― 「結論ありき」で前提を調整すれば、望みの株価を出すことが技術的に可能。M&Aの現場では買い手と売り手でDCF法の結果が数倍異なることも珍しくない
他の企業価値評価手法との比較
企業価値評価(バリュエーション)の手法は大きく3つのアプローチに分類されます。DCF法はインカムアプローチの代表格ですが、実務では複数の手法を組み合わせて評価するのが一般的です。
アプローチ | 代表的な手法 | 評価の視点 | 適した場面 | 弱点 |
|---|---|---|---|---|
インカム | DCF法 | 将来の稼ぐ力 | 成長企業、M&A | 前提依存、恣意性 |
マーケット | マルチプル法(PER・EV/EBITDA)、類似取引法 | 市場の相場観 | 上場企業の簡易評価 | 類似企業の選定に依存 |
コスト(ネットアセット) | 時価純資産法 | 保有資産の価値 | 清算、不動産保有会社 | 将来性・のれんを反映しない |
マルチプル法との使い分け
個人投資家が日常的に使うのはマルチプル法(PER・PBR・EV/EBITDAなどの倍率で評価する手法)が中心でしょう。マルチプル法は計算が簡単で、同業他社との相対比較に適しています。一方、DCF法は企業の絶対的な価値を理論的に算出できる点が強みです。
理想的な使い方は、まずマルチプル法で割安の可能性がある銘柄を絞り込み、本格的に検討する段階でDCF法を使って企業価値の構造を深掘りするというアプローチです。両方の結果が「割安」を示す場合は投資判断の確信度が高まります。
PERやPBRの詳しい使い方については以下の記事で解説しています。

PER(株価収益率)とは|計算式・15倍の目安と東証プライム業種別データで読む割安判断
PER(Price Earnings Ratio・株価収益率)の計算式・15倍の目安・業種別の水準差を解説。JPXの東証プライムPER・PBR推移データと業種別比較チャートで、割安・割高の判断方法がわかります。

PBR(株価純資産倍率)とは|1倍割れ問題と東証改革の核心
PBR(Price Book-value Ratio)の計算式・目安・1倍割れ問題を解説。東証が改善を要請した背景と、PERやROEとの関係から投資判断に活かす方法がわかります。
DCF法とNPV・IRRの関係
DCF法と混同されやすい概念として、NPV(正味現在価値)とIRR(内部収益率)があります。
NPV ― DCF法で算出した現在価値から初期投資額を差し引いた値。NPV > 0 ならその投資は資本コストを上回るリターンを生む
IRR ― NPVがゼロになる割引率。IRR > WACC ならその投資は価値を創造する
いずれもDCF法と同じ「将来CFを現在価値に割り引く」原理に基づいていますが、DCF法が「企業全体の価値を算出する」のに対し、NPV・IRRは「個別の投資プロジェクトの採算性を判定する」ために使います。
個人投資家がDCF法を活用するためのポイント
DCF法をプロのアナリストと同じ精度で使う必要はありません。個人投資家としては、以下のポイントを押さえれば十分に有用な分析ツールになります。
現実的な前提の置き方
売上成長率は過去の実績と業界動向をベースに ― 5年平均成長率を起点に、高すぎる年・低すぎる年を除いて調整するのが現実的
営業利益率は安定期の水準を使う ― 特殊要因で跳ねた年や落ち込んだ年は除外し、3〜5年の平均で前提を置く
WACCは7〜9%を中心に ― 日本の上場企業では概ねこの範囲。業種の違いや財務レバレッジで調整する
永久成長率は0〜1%が安全圏 ― 日本のGDP成長率を大幅に超える永久成長率は正当化が難しい
「逆DCF」で市場の期待を読む
通常のDCF法とは逆に、「現在の市場株価を理論株価と一致させるには、どんな成長率が必要か?」を逆算する「逆DCF(Reverse DCF)」も有力なツールです。
たとえば、ある銘柄の市場株価を正当化するのに年20%の売上成長が10年続く必要があるとわかれば、「市場はかなり楽観的な期待を織り込んでいる」と判断できます。逆に、年0%成長でも正当化できる株価なら、「成長の余地が株価に反映されていない」と考えられます。
DCF法の学習に役立つ情報源
決算短信のCF計算書 ― 各企業の営業CF・設備投資を確認でき、FCF予測の材料になる。決算短信はTDnet(適時開示情報閲覧サービス)から無料で閲覧可能
有価証券報告書 ― 設備投資計画、減価償却方針、事業リスクなど、FCF予測に必要な定性情報が充実。EDINET(金融庁 EDINET)から無料で閲覧可能
まとめ
DCF法の要点を整理します。
項目 | ポイント |
|---|---|
基本原理 | 将来のFCFを割引率(WACC)で現在価値に換算して合計する |
3つの要素 | FCF(稼ぐ力)、WACC(割引率)、ターミナルバリュー(永続価値) |
最大のメリット | 市場のセンチメントに左右されず、企業固有の価値を評価できる |
最大の弱点 | 前提条件でいかようにも結果が変わる(感度分析が必須) |
個人投資家の使い方 | 3ケースで理論株価のレンジを出し、マルチプル法と併用して判断する |
DCF法は「企業の本質的な価値を構造的に考えるためのフレームワーク」です。計算結果の数字だけを絶対視するのではなく、「どの変数がどれだけ企業価値を左右するか」を理解するプロセスそのものに価値があります。まずは気になる銘柄の決算短信からFCFを拾い、ざっくりとした計算例を自分の手で回してみるところから始めてみましょう。









